勇者のかたち(八)

 鐘を鳴らす教会も無い、立派な墓石も無い、ただ穴を掘って遺体を埋めるだけの簡素なお別れ。それさえも肉食兎リルビットの襲撃に備えて周囲を警戒し、極めて短時間のうちに行わなければならない。


(勇者様は強いんじゃなかったのか!? どうしてお父ちゃんを守ってくれなかったんだ!)


 必死に涙をこらえる男の子がそう言ったわけではない、聞こえたのは私の心の中の声だ。昨日私は何匹かの肉食兎リルビットたおしたけれど、ただそれだけだ。早速さっそくの戦果に気を良くしてしまった、するべき警戒を怠った、だからこんな結果になってしまった。


「申し訳ありません、僕らの警戒が甘かったんです」


 苦しそうな声を発したのはエクトール君。お腹の大きな奥さんも私達を責めるようなことはしなかった、ただ小さな子供の手を引いて目元を拭っていただけ。

 大きな体のコムさんは大きな穴に入れられ、土を被せられた。心の整理をつけるための時間も儀式も無く、残された家族は追い立てられるようにその場を後にした。




 責任を自覚する私達にも後悔する時間は与えられていない。今すぐにでも凶暴な肉食兎リルビットの群れが森から飛び出してくるかもしれないのだ、何としてもこれ以上の被害を防がなければならない。

 牛舎や馬房の開口部に板を打ち付け、老朽化した家を補強し、定期的に村を巡回して鐘を打ち鳴らす。こちらが警戒していると示すことで向こうも警戒してくれると良いのだけれど。


 百戸に満たない小さな村とはいえ、放牧地を含む周囲を柵で全て囲うのは現実的ではない。初日と同じ罠を何度か試してみたものの、肉食兎リルビットにもそれなりの学習能力があるのか、三度目からはもう同じ罠には掛からなかった。


「リナさん、来客だよ」


 警戒しているをどう仕留めるか。エクトール君には腹案があるようだけれど、自分達の武力に頼ることになるから最終手段だと言っていた。私もおつむが弱いとか言っていられない、何か良い方法がないものか……


「リナさん? リナレスカさん、大丈夫かい?」


 その声に顔を上げると、エクトール君が心配そうに覗き込んでいた。お婆さんが一人で住む家を補強していてつい考え込んでしまっていたのだ、それにここ数日は眠れずに疲れてもいた。


 それにしてもロッドベリーではなく、こんな場所で来客とは誰だろう?私は無理に笑顔を作って立ち上がり、来客とやらに会いに行くことにした。




「勇者リナレスカさん、エクトールさん、肉食兎リルビット討伐の進捗はいかがですか?」


 私達の前に笑顔で現れたのは、ロッドベリー市行政府から派遣されたという現地調査員だった。よく無事でここまで来られたものだと思う、後になって考えれば私達だって馬車ごと肉食兎リルビットに襲われていても不思議ではなかったのだ。

 それにしてもだ。詳しい状況を知らないとはいえ、この笑顔は村人の感情を逆撫でするのではないだろうか。そんな私の内心などに構わず、調査員さんは重ねて告げた。


「あなた達が派遣されてから十日目です。定期巡回のついでに安否確認も兼ねて参りましたが、そろそろ中間報告だけでも頂ければと思いまして」


「……わかりました」


 微笑を貼りつけたままの調査員さんに私達が示したのは、小さな木箱に詰められた肉食兎リルビットの牙。妖魔や魔獣を討伐した際に特徴的な体の一部を証拠として持ち帰るように、これまでにたおした肉食兎リルビットから牙を切り取って保管していたのだ。


「十、十一……十二匹討伐ですね。これで依頼完遂と認められます。お疲れ様でした」


「え? 完遂って?」


「本件の依頼書には『肉食兎リルビット二十匹程度の群れを壊滅させてほしい』とありました。討伐数が半数を超えているので『壊滅』と認められます」


「でも! 実際に来てみると二十匹以上いましたし、まだ半分は残っています。それに先日は人が襲われて亡くなったんです、このままではもっと被害が出てしまいます」


「そうですか。ここに残るのは構いませんが、これ以上の数を討伐しても報酬の増額はありませんよ?」


 その返答に思わず口を開けてしまった。私達は報酬の事なんか聞いていない、人が亡くなったと言ったのに。


「僕達は村の被害のことを言っているんです。報酬の事など聞いていません」


 あまりの事に言葉が出ない私の代わりにエクトール君が言ってくれた。調査員さんは初めて微笑を消して生意気な子供をしかるような目をしたが、子供のような見た目の勇者はひるまなかった。


「それでは今日の夕方に決着をつけます。現地調査員を名乗るのであれば、ぜひともご覧ください」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る