勇者のかたち(七)

 その夕刻、さっそく『奴ら』は現れた。森から飛び出した黒い影は七つ、八つと連なり、飛び跳ねるように一直線に村へと迫る。


 肉食兎リルビット。通常の兎よりも二回りほど大きく、黒褐色の体毛に散らばる黒い斑点が血痕を連想させる。肉食であり獰猛、飢えれば牛や馬どころか人間ファールスをも襲うことがあるという。


「来たよ!」


「了解。手筈てはず通りに」




 通りの中央に立って十分に彼らを引きつけた私は、事前の打ち合わせ通り壊れかけた小屋に飛び込んだ。扉を閉めかんぬきをかけると、洋燈ランプの光に照らされた屋内にはエクトール君と私だけ。

 何かを叩きつけるような音とともに扉が揺れた、何度も何度も。続いて壁を搔きむしるような気配。察するに体当たりを繰り返し、入口を探しているのだろう。


 そして『奴ら』は見つけた。裏側に穴から侵入し、細長い筒状の通路をい進み屋内へ。その先端から顔を覗かせた、瞬間。


「まず一匹!」


 悲鳴を上げる間すらなく、左右から二本の小剣を突き込まれた肉食兎リルビットが絶命。その遺骸を引きずり出して間もなく次の個体も同じような末路を辿たどった。


「二匹目!」


 これが私達、というよりもエクトール君が考えた作戦だった。使われていない廃屋を借り受け、肉食兎リルビットが一匹だけ入れる大きさの穴を開けておく。その穴からは廃材を利用して作った筒状の通路が伸びており、侵入した彼らは屋内で待ち構える私達の胸の高さで姿を露出させることになる。おまけにが付いているため、一度入れば引き返すこともできないという悪辣あくらつなものだ。


 だがこの作戦は早くも修正を余儀なくされた。仕留めきれなかった三匹目の肉食兎リルビットが床に転がるや歯をき出し、二つの傷口から血を流しつつ反撃の構えを見せたのだ。


「こいつは私がやる! エクトール君は筒の中の奴を!」


「わかった!」


 普通の兎よりも二回りほど大きい。憎しみを込めて噛み鳴らされる牙、私を睨みつける目は妖魔のそれのようだ。これほどの傷を負いながら恐怖よりも敵意をき出しにするとは恐ろしい———


「っ! 速い!」


 余計な思考を巡らせたぶん反応が遅れたか、深手で動きが鈍っているはずと油断したか。高々と跳躍して首筋に迫る牙を身体を捻ってかわすのが精一杯だった。首巻マフラーの布地が裂ける、もしこれが無かったらと冷たい汗が背中を伝う。


 だが恐るべき獣の死力もそこまで。流血のために鈍った突進を左腕の籠手こてで受け止め、柔らかい腹部に小剣を突き入れる。その先端が背中から飛び出し、血に飢えた肉食兎リルビットは動かなくなった。




 ———この日私達が仕留めた肉食兎リルビットは五匹。群れの壊滅には程遠いけれど、我が物顔で荒れ狂う害獣に一矢いっしを報いた勇者を歓待するささやかな酒宴が催された。


「いやあ、さすがはロッドベリーの勇者様。あんな方法で肉食兎リルビットを罠にめるたあ、猟師もびっくりでさあ」


 大切にしていた乳牛の仇をとったコムさんは特に上機嫌で、馬乳酒ツェゲーあおって盛んにエクトール君の背中を叩いた。お酒に弱いエクトール君はちょっと困ったような顔で、大柄なコムさんに背中を叩かれるたびにむせ返っている。

 初めて見るこの白く濁った馬乳酒ツェゲーというものを勧められた私は試しに一杯だけ頂いてみたのだけれど、酸味が強くてエクトール君と同じようにむせ返ってしまった。勇者飲んだくれエブリウスの弟子を名乗るにはまだまだ早いようだ……




 そのような事があった翌日。村に一軒だけの宿屋に泊まっていた私達は、陽が上った頃に早くも叩き起こされた。


「起きてくれ! コムさんがやられた、すぐ来てくれ!」


 その声に飛び起き、小剣を掴んだだけで扉を開ける。


「どこですか!? 容態は!?」


「それが……」


 私達が現場に駆けつけた頃には、あらかた後片付けが終わっていた。どうやら牛舎の入口を破られて中の乳牛が襲われたらしいと教えてくれたのは、昨夜の酒宴で一緒だった農夫の方だ。

 そして牛舎の様子を見に行ったというコムさんは……もう冷たくなっていた。

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