勇者のかたち(六)

 乗合馬車の旅も三日目。小腹が空いたので干し豚肉ポークジャーキーかじったもののみ切れない、ものすごく硬いけれどんでいるうちに味が出てきたような気がしなくもない。


 リージュの可愛らしいお弁当が懐かしい、あの新鮮なサンドウィッチの味を思い出しながら親友に思いを巡らせる。

 隣国の勇者になった彼女とは何度か手紙をやり取りしているが、内容は家族の近況報告と私の心配ばかりだ。ちゃんと栄養のある食事をしているか、無茶をしていないか、お酒を飲み過ぎていないか……あまり自分の仕事には触れていないようだけれど、しっかり者の彼女のことだ。心配はいらないだろう。




「サロメは人口三〇〇ほどの小さな村ですが牧畜が盛んで、村の外側にいくつも放牧地があるので広さはかなりのものです。主な特産品は羊毛とチーズです」


「ふうん……」


 ロッドベリー市からサロメ村までは約百二十キロメートル。お金を節約するために私は歩いて行こうと言ったのだが、エクトール君が強硬に反対するので仕方なく折れたものだ。

 馬車、それも乗合馬車というものはあまり好きではない。決して乗り心地は良くないし振動でお尻が痛くなるし、何より風を感じることができないから。ついでに言えば乗合馬車はそれほど速くもない、お客さんが乗ったり降りたり出発時刻を待ったりといった時間を考えれば走った方が早く着いたりするくらいだ。


 とはいえ、こうして情報を整理して対策を立てる時間があるのは有難い。リージュと別れてからはそれなりに自分で情報を集めていたりしたものだけれど、また頭脳担当が現れるとついさぼってしまうのが我ながら情けない。


肉食兎リルビットは薄明薄暮性で基本的に単独で行動しますが、餌が少なくなると数匹から十数匹の集団を作って牛や羊などの家畜を襲うことがあります。この場合彼らは非常に凶暴になり人間ファールスをも襲いますが、その際、首や腹部、大腿部などの急所を理解し的確に狙ってくるそうです」


「ふうん……うえっ!?」


 肉食兎リルビットという動物は知っていたけれど、そんなに凶暴で恐ろしい生物だとは思っていなかった。なにしろ分類的には妖魔でも魔獣でもないただの害獣で、多くは普通の兎より二回り大きい程度だというのだから。しかしそれが集団で的確に急所を狙ってくるなんて危険極まりない、未熟な私達だけで討伐できるものだろうか。


「ど、どうすればいいのかな」


「彼らの牙は鋭いですが長くはありません、腹部の守りは皮鎧で十分です。首巻マフラーと厚手のズボンを道中の町で購入しましょう」


 その冷静な分析に少し安堵あんどする。やっぱりこの子は頼りになるなぁと思うと同時に、つい誰かに頼ってしまう自分をいましめた。




 やがて到着したサロメ村の印象は、一言で表せば長閑のどかというものだった。山のふもとに広がる牧草地、時折り聞こえてくる牛の鳴き声。ただ事前に聞いた情報と違い、遠くに見える緑色の斜面には一頭の牛も羊も見当たらない。


 やはりこの長閑のどかな村では今、血に飢えた兎が猛威を振るっているのだ。村長さんの案内で訪れた牧場では数日前に乳牛が一頭喰い殺されたという。


「何日か前までは数人が組になって巡回していたのですが、奴らは構わず襲ってきました。その際に二人が重傷を負わされ、それからはもう野放しです」


 そう説明してくれたコムさんという大柄な牧場主の首元にも包帯が巻かれている。肉食兎リルビットが首を始めとした急所を狙うというのは本当のようだ。


「奴らは十匹ほどの群れで、主に夕方に現れます。ここ数日はどこも牛舎を締め切っていて獲物が無いのか、家に体当たりをしたり扉をかじったりと、さらに凶暴になっているようです」


 村長とコムさん、それから私達が囲む足元の地面にはまだうっすらと血の跡が残されている。放牧中の乳牛が襲われた場所で、それ以来放牧ができずに困っているという。

 と、そこに駆け寄る男の子が一人。


「お父ちゃん、その人だれ? 勇者様?」


「こら、外に出るなと言っただろう。肉食兎リルビットに喰われちまうぞ」


「勇者様がいるなら大丈夫だよ! 勇者様は強いんでしょ!?」


 無邪気に私達を見上げる瞳はまだ幼く、期待と憧れを強く宿している。ロッドベリー砦に勤めていた頃の私もこんな目をしていたのだろうか、と懐かしく思い腰をかがめる。


「あんまり強くはないけど、お姉ちゃん頑張るからね。いい子で待っててね」


「うん! がんばって!」


 男の子が走り去る先にはもっと小さな子供が二人と、お腹の大きい女性。察するにコムさんのご家族なのだろう。彼ら彼女らのためにも、小さな村の安寧のためにも、勇者である私達が力を尽くさなければならない。


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