勇者のかたち(六)
乗合馬車の旅も三日目。小腹が空いたので
リージュの可愛らしいお弁当が懐かしい、あの新鮮なサンドウィッチの味を思い出しながら親友に思いを巡らせる。
隣国の勇者になった彼女とは何度か手紙をやり取りしているが、内容は家族の近況報告と私の心配ばかりだ。ちゃんと栄養のある食事をしているか、無茶をしていないか、お酒を飲み過ぎていないか……あまり自分の仕事には触れていないようだけれど、しっかり者の彼女のことだ。心配はいらないだろう。
「サロメは人口三〇〇ほどの小さな村ですが牧畜が盛んで、村の外側にいくつも放牧地があるので広さはかなりのものです。主な特産品は羊毛とチーズです」
「ふうん……」
ロッドベリー市からサロメ村までは約百二十
馬車、それも乗合馬車というものはあまり好きではない。決して乗り心地は良くないし振動でお尻が痛くなるし、何より風を感じることができないから。ついでに言えば乗合馬車はそれほど速くもない、お客さんが乗ったり降りたり出発時刻を待ったりといった時間を考えれば走った方が早く着いたりするくらいだ。
とはいえ、こうして情報を整理して対策を立てる時間があるのは有難い。リージュと別れてからはそれなりに自分で情報を集めていたりしたものだけれど、また頭脳担当が現れるとついさぼってしまうのが我ながら情けない。
「
「ふうん……うえっ!?」
「ど、どうすればいいのかな」
「彼らの牙は鋭いですが長くはありません、腹部の守りは皮鎧で十分です。
その冷静な分析に少し
やがて到着したサロメ村の印象は、一言で表せば
やはりこの
「何日か前までは数人が組になって巡回していたのですが、奴らは構わず襲ってきました。その際に二人が重傷を負わされ、それからはもう野放しです」
そう説明してくれたコムさんという大柄な牧場主の首元にも包帯が巻かれている。
「奴らは十匹ほどの群れで、主に夕方に現れます。ここ数日はどこも牛舎を締め切っていて獲物が無いのか、家に体当たりをしたり扉を
村長とコムさん、それから私達が囲む足元の地面にはまだうっすらと血の跡が残されている。放牧中の乳牛が襲われた場所で、それ以来放牧ができずに困っているという。
と、そこに駆け寄る男の子が一人。
「お父ちゃん、その人だれ? 勇者様?」
「こら、外に出るなと言っただろう。
「勇者様がいるなら大丈夫だよ! 勇者様は強いんでしょ!?」
無邪気に私達を見上げる瞳はまだ幼く、期待と憧れを強く宿している。ロッドベリー砦に勤めていた頃の私もこんな目をしていたのだろうか、と懐かしく思い腰を
「あんまり強くはないけど、お姉ちゃん頑張るからね。いい子で待っててね」
「うん! がんばって!」
男の子が走り去る先にはもっと小さな子供が二人と、お腹の大きい女性。察するにコムさんのご家族なのだろう。彼ら彼女らのためにも、小さな村の安寧のためにも、勇者である私達が力を尽くさなければならない。
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