勇者のかたち(五)

「ありがとうございます!」


 白い土壁、黒御影石みかげいしの屋根、重厚感あふれるロッドベリー市行政府。

 二階南側にある危機管理課の窓口にて『無気力トルパールさん』と勝手に渾名あだなを付けた職員さんから俸給を受け取った私は、中身も確認せず元気にお礼を言った。そのままきびすを返そうとして呼び止められる。


「帰宅するのは待ってもらえますか? ちょっとこちらへ」


 無気力トルパールさんはそう告げると、返事も待たず廊下に出て歩きはじめた。この建物にいくつもある小さくて殺風景な部屋に通されて待つことしばし、おそらく上司であろう半ば禿げ上がった中年の職員さんが入って来た。


「あー、勇者リナレスカさん、こちらの資料をご覧ください」


 そう言って見せられたのはロッドベリー市が認定した勇者に関する資料で、私の活動内容を記録したページが開かれている。認定年月日、連絡先、活動履歴、様々な情報が記載された紙面の中、その職員さんは細い指で活動履歴の欄を示した。


 累計討伐数 三、共同討伐数 十四。


 累計討伐数とは文字通り単独で妖魔を倒した数のことで、共同討伐というのは複数人で協力して妖魔を倒した場合に負傷させるなど大きな貢献をした際に加算される数のこと。


 今まであまり気にしていなかったけれど、私は直接この手で妖魔を倒したことは多くない。勇者に認定される前は模倣魔人ドッペルゲンガーを始めとしてそれなりの数を討伐したものだが、認定後の討伐数はリージュの補佐を受けて最初に行った小鬼ゴブリン討伐に関するものがほとんどで、後の遺跡探査と廃村調査においては討伐数ゼロ小鬼ゴブリンの襲撃を撃退したポタ村でも直接手を下してはいない。他の勇者が大量に討伐数を稼いだであろう大討伐に際しても同様だ。


「この累計討伐数三というのは極めて少なく、このままでは勇者としての資質に疑問を持たざるを得ません。今後の待遇にも関わりますのでご留意ください」


 そう。私達勇者は百日ごとに俸給を頂いていて、功績次第では増額を期待できる反面、成績が悪ければ最悪の場合は認定取り消しも有り得る。つまりクビだ。

 討伐数をもってその人の評価とする方法に疑問はあるし、私なりに一生懸命活動してきたつもりだけれど、確かに私の討伐数は少ない。勇者にとって人に害を為す妖魔を討伐するというのはやはり重要な仕事なのだ。


「……わかりました」




 俸給を受け取ったというのに沈んだ気分のまま行政府を出ると、つむじ風が街路の落ち葉をさらっていった。木枯らしの季節にはまだ早いというのに、胸の中にまで隙間風が吹くようだ。


「リナレスカさん、ちょっといいかな」


 その声に顔を上げると、落葉色の長套コートのポケットに両手を突っ込んだ少年と目が合った。ポタ村で一緒だったエクトール君がどうやら私を待っていたようだ。




「この前僕が生意気なことを言ったからだと思います。巻き込んでしまって申し訳ありません」


 中通りの喫茶店に腰を落ち着けると、彼は注文した珈琲コーヒーが届くのを待たずに頭を下げた。

 この前というのはポタ村の妖魔討伐を報告した際、危機管理課の課長さんに評価方法や市としての対応について意見を述べたことを言っているのだろう。


「エクトール君は悪くないよ! 私だって言いたい事たくさんあったもの。なんか頭にくるよね!」


 我ながら語彙ごいの乏しい返答にうなずきつつ、届いたばかりの珈琲コーヒーに口を付けるエクトール君。私はといえば猫舌のためそんな真似はできず、両手で陶器のカップを包んで息を吹きかけるだけ。


「評価の方法については全く納得できません。ですが僕らがロッドベリー市の勇者である以上、どれほど愚かな規則であろうとも従わなければなりません」


 あ。この子、可愛い顔して結構毒を持ってる。それもそうだね、と返した私の顔をちらりと見てテーブルの上で軽く手を組む。私よりも小さくて白い、剣を持つのが似合いそうもない繊細な手だ。


「リナレスカさん、また一緒に依頼を受けませんか? どうやら貴女あなたとは気が合いそうだ」


 うん! と良い返事をした私はエクトール君と一緒に行政府に引き返し、一つの依頼を引き受けた。

 農村にて家畜を襲う肉食兎リルビット二十匹ほどの群れを壊滅させてほしい、というものだ。


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