勇者のかたち(四)

 そろそろ日が傾き始めようかという時刻、エクトール君からもらった地図と寸分違わぬ場所に洞窟を見つけた。


『大樹海』とは違ってまっすぐに伸び、少し色付き始めたた木々。その隙間から陽光が差す明るい森の奥、岩肌にぽっかりと開いた黒い穴。

 入口に小鬼ゴブリンが一匹、暇そうに立っている。口を半開きにしていて陽の光にまどろんでいる、かなりの間抜け面だ。「リナちゃん口開いてるよ」というリージュの注意を思い出して我が事のように反省する。


 目測で約十六メートル、有効な手傷を与えるには遠すぎるが命中させるだけなら可能な距離だ。

 軍靴から投剣ティレットを引き抜き、十分に狙いを定めて投擲とうてき。狙った部位からはやや右側に逸れたものの、細長い刃物が膨れた腹部に浅く突き立った。


「――――――!!!」


 まるで断末魔のような絶叫を上げて転げ回る小鬼ゴブリン。小型の投擲武器である投剣ティレットをこの距離から、しかも急所でもない場所に受けたというのに、ずいぶんと大袈裟おおげさな個体だ。

 まあそれはどの種族でも同じか、と思う。人間ファールスの中にもちょっとした事を騒ぎ立てる人がいるのだ、基本的に臆病な小鬼ゴブリンならばそのような個体が多くても不思議ではない。


 その小鬼ゴブリン達が洞窟から次々と飛び出し、加害者であろうこの人族ファールスの女を見つけて騒ぎ立てる。それを認めた私は勇者らしくもなく一目散に逃げ帰った、全て司令官殿の命じるままに。




 一刻と要さず、私はポタ村に駆け戻った。本当はもっと風を切って気持ち良く走りたかったのだけれど、今は体力を温存すべき時だ。


「お待たせ、司令官。確認できた小鬼ゴブリンの数は七、他種の妖魔および上位種は確認できず」


「了解。では始めます、総員戦闘用意」


 司令官役のエクトール君が九名の自警団員と十五名の支援要員に指示を下す。彼らは柵の内外で既に迎撃態勢を整えていた。

 この村に来るまでほとんど実戦経験が無かったというエクトール君だが、それにしては司令官役が堂に入っていて太々ふてぶてしいほどだ。演技なのか素なのかはわからないが、村人達に恐怖の色が薄いのは彼の落ち着きぶりを見てのことだろう。




 やがて森の奥から奇声が上がり、小さな影がいくつも飛び出してきた。緑色とも茶色ともつかぬ表皮、子供ほどの体躯。最下級の魔兵レム級妖魔、小鬼ゴブリン。ただその数は十、十二、十五……まだ増えていく。


「思ったより多いね!?」


「問題ない。投石用意」


 ちらりと見たエクトール君の横顔が威厳と自信に溢れていて、心臓が大きく跳ねた。年下の少年のようなこの子が垣間かいま見せた才能の片鱗へんりんに思わず息を呑む。


「放て!」


 司令官が掲げた右手が振り下ろされ、掌ほどの大きさの石が一斉に放たれる。石礫いしつぶてを浴びた妖魔が悲鳴を上げて頭を抱える。投擲に適した大きさと形状の石、それも集積所から次々と運ばれてくるのだから止みようがない。致命傷にはならないが突撃を妨げるには十分な効果、しかもこれは本当の狙いを隠すためのものだった。


 石に紛れて矢が放たれる。それは正確に妖魔の急所を射抜き、混乱の中で一体、また一体と大地に伏していく。自警団の中には猟師を生業なりわいとする若者がおり、獲物を狩ることに慣れた矢は無慈悲でしかも正確だった。

 妖魔の群れは石に打たれて血を流し、矢を受けて数を減らし、それでも勢いに任せてほりを飛び越えてくる個体もいる。彼らに対しては。


「槍兵隊、構え!」


 土塁に身を隠していた自警団員が立ち上がり、手製の槍を突き出す。とうとう喊声が悲鳴に変わり、ここに至ってようやく人間ファールスどもが準備万端で待ち構えていたことを悟って逃げ出す妖魔の群れ。


「追撃せよ!」


 無慈悲な司令官の命令に槍兵が土塁を飛び出し、濠を飛び越え追いすがっては背中を突き通す。もともと身体能力で劣り多くが負傷していた小鬼ゴブリンは逃げることもかなわず、一匹残らず大地に伏せた。


 彼らの襲来におびえていたはずの農村は一切の被害無し。ポタ村での迎撃戦は一方的な結末となった。




 エクトール君と私は久々にロッドベリー市に戻り、その足で行政府へ。ポタ村の小鬼ゴブリン討伐を報告したのだけれど……


「では、お二人が直接討伐した妖魔の数はゼロという事でよろしいですね?」


 そう。あれから私達は小鬼ゴブリンが棲家にしていた洞窟を確認したところ、全て村で仕留めたのか既に逃げ出したのか、彼らの姿はなかった。


 別室にて私達に対応したのは、いつものやる気のなさそうな職員さん。溜息混じりに『討伐数ゼロ』と書き込むのを見て、私は彼を『無気力トルパールさん』と名付けることにした。あとは報酬の十万ペタを頂けば終わりだ、さっさと済ませようと思っていたのだけれど、エクトール君はそうではなかったようだ。


「上司の方を呼んでもらえますか?お話があります」


 無気力トルパールさんが連れて来たのは、やはりやる気の無さそうなおじさん。この人の渾名あだなは何にしようかとくだらない事を考える私の横で、若き勇者は真面目な話をしていた。


「妖魔の討伐数のみをもって功績とするのは正当な評価とは思えません。それでは妖魔が増えて、市民に被害が出てから討伐した方が良いということになってしまいます。できるだけ妖魔が増えないよう、増えてしまった妖魔に市民の力だけである程度対処できるよう、市として国として方策を巡らせるべきです。今回ポタ村でその実例を示しましたので、ぜひ一度ご視察ください」




 ようやく報酬を受け取った私達は、安さが売りの食堂でささやかな酒宴を開いた。なにしろ今回の報酬はたったの十万ペタ、それも滞在費と資材の購入費で赤字という有様だったから。


「ごめーん。途中から私が行ったから余計にお金かかったんだよね」


「いえ、リナレスカさんのおかげで助かりました。お礼ができなくて申し訳ありません」


「ねえ。ちょっと聞いていいかな、きみが勇者になった理由」


 気になっていたのだ。このどう見ても普通の男の子が勇者を目指した理由、というよりも勇者になれた理由が。小鬼ゴブリン相手に負傷していたことからおそらく剣術は一般人程度、しかし軍事施設に関する知識は軍人以上、実戦経験が無いと言っていた割には堂に入った戦闘指揮。この子は一体何者なのだろうかと。


「軍人になれなかったからです」


 短く答えて玉葱のスープをすすり、静かにテーブルに戻すエクトール君。

 彼は貧しい村の出身で、何人もの村人がお金を出し合って軍学校に入学した。しかし体力面でついていけず留年し、ついにはお金が足りなくなって退学してしまったのだという。村に戻るわけにもいかず夢も捨てきれない彼は知識と知恵を武器に功績を立て、つい先日ロッドベリー市の勇者として認定された……


「そっか、苦労したんだね」


 私のありきたりな感想に、白い陶器のカップに両手を添えた彼は苦笑いで応えた。


 勇者にもいろいろな形、いろいろな人、いろいろなやり方がある。この子はもしかすると、他の人が思いもよらない勇者のり方を見つけ出すのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る