勇者のかたち(三)

 ポタ村に滞在して三日目。私の一日はこの自警団の早朝訓練から始まる。


「腕ではなくお腹に力を入れて突きます。一、二、三!」


「一、二、三!」


 出来たばかりの自警団は男性ばかり九名。みな十代から三十代といったところで、普段のお仕事のためかそれなりにたくましい。当然ながら戦闘経験はほとんど無いけれど、希望者だけが集まったとあってやる気は十分だ。


 彼らが持っているのは身長ほどの木の棒の先に布袋を着けた模擬槍。槍は比較的安価で間合いが遠く、未熟な者でも扱いやすいという特徴がある。剣は携帯に便利で汎用性に優れるが長柄の武器に対して不利というのが常識で、伝令兵クルソールの私でさえ最初に叩き込まれたのはやはり槍の扱いだった。


「リナ先生は何歳だい?」


「え? 十八歳ですけど」


「十八歳で勇者かぁ、すげえなあ」


「で、でも私なんか弱くて雑魚で、『大討伐』で何の役にも立たなかったんですよ?」


「それでも俺達なんかよりずっと強ぇもんな。たまげちまったよ」


 そう言って私を持ち上げるのはきこりのダリオさん。筋骨隆々の体に栗鼠りすのような可愛らしい目のおじさんで、初日の教練の際に彼と立ち合い完封したことで皆の見る目が変わった。未熟とはいえ私はロッドベリー市から認定を受けた勇者であり、飲んだくれエブリウスさんの弟子だ。いくら巨漢が相手でも一般市民に負けるような腕ではない。




 この日の午後、エクトール君達が作っていた小屋が完成した。木の棒の先に刃物を取り付けただけの簡素な槍や予備の資材などを収納して、鍵を取り付ける。村の四隅には河原から拾ってきた投石用の石を木箱に入れて積み上げる。着々と村の軍事拠点化が進み、自警団をはじめとする若者達からは感謝されたものだけれど……


「ふん、仕事もせずに軍隊ごっこにうつつを抜かしおって」


「まったくねえ。役に立つかどうかわからないものにお金かけちゃってねえ」


「勇者殿、そんなものより早く小鬼ゴブリンを退治してくだされ」


 どうやら私達の活動は年配の方々からの評判が良くないらしい。彼らにとって妖魔は勇者が倒してくれるものであり、そのために税金を支払っているのだという主張を繰り返していて、エクトール君が何度説明しても話が噛み合わずに困っている。


「皆さんのお仕事の邪魔をしちゃってごめんなさい。でもこれで、いつ小鬼ゴブリンが来ても大丈夫ですよ!」


「でもねえ。早く退治してもらった方が……」


「すみません、情けない勇者で。私達なりの方法で皆さんを守りますので安心してください」


 愛想だけは良い私が何とか説得しているけれど、状況はあまりよろしくない。自警団や協力者の中にも年配の方々の意見に押され、「本業に差しつかえる」と言って夜の見張りや早朝訓練を辞退する人が現れはじめたのだ。これではいざという時に戦えない、そろそろ行動を起こすべき時期だろう。




「エクトール君、そろそろ決着をつけよう」


 そう言ったのは防衛設備の設置があらかた終わった頃。エクトール君は足の傷に軟膏なんこうを塗っていた手を止め、茶色の瞳で私を見上げた。


「決着?」


「そう。そのために準備してきたんでしょ?」


「……やっぱりわかります?」


 私はひとつうなずき、隣に腰を下ろした。この村を拠点化したのは小鬼ゴブリンを巣から誘い出して迎撃するためだ、村人の被害を防ぐためだけではない。

 なぜならば私達はずっとこの村に滞在できるわけではない。手持ちのお金も残り少ないし、いずれは妖魔討伐を果たしてロッドベリーに帰らなければならないのだから。

 今まで決着を引き延ばしてきた原因は……彼の足の傷。小鬼ゴブリンを誘い出すには誰かがおとりにならなければならないが、最も危険な役目を村人に任せることはできないし、かといっていつ傷口が開くかわからない足ではおとり役など務まらない。


「私が行くよ。小鬼ゴブリンを村まで誘い出せばいいんでしょう?」


「駄目だよ! リナレスカさんは女性じゃないですか!」


「あ。最近はそういうこと言ったら問題になるんだよ?」


 うっ、と言葉に詰まる少年勇者。彼の言いたいことはわかる、小鬼ゴブリン人族ファールスや亜人種の女性をさらって慰み者にするという忌まわしい種族だ。私が彼らに捕えられれば死よりも悲惨な末路が待っている。

 でも私はただの女の子じゃない。俊足を誇る元伝令兵クルソールであり、人々に希望を与える勇者なのだ。


「心配しないで。足にはちょっと自信があるんだから」




 さて、と一つ伸びをする。どこまでも高い秋の空の下、久しぶりに気持ち良く走ることができるだろうか。


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