勇者のかたち(二)

 ポタ村は百戸余り、人口にして五百を少し超える程度の農村。イスマール侯国北東部の丘陵地帯に位置し、主な作物である大豆の他に葡萄ぶどうなどの果実を産する。収穫物の多くは現地で加工され、地域の中核都市であるロッドベリーに運ばれる。ロッドベリー市からの距離は東北東に約一一〇キロメートル、運行される乗合馬車の頻度は……


「じゃあもう少しかな……よいしょっと」


 私は帳面メモをポケットにしまい込み、背嚢バックパックを背負った。

 ロッドベリー市から二日間で百キロ余りを歩いて来たので、さすがに疲れは隠せない。乗合馬車に抜かされた時は馬車代をけちったことを少し後悔したものだけれど、おかげで二万ペタ余りの旅費を浮かすことができた。貧乏勇者にとって食費と旅費は切実な問題なのだ。


 それにしても、優秀な補佐役だったリージュの不在は痛い。ポタ村の情報を得るには行政府の住民課で資料の閲覧を請求して帳面メモに書き写さなければなければならなかったし、ロッドベリー発の乗合馬車は行き先が多すぎて乗り場もややこしい。結局面倒くさくなって最低限の情報を入手しただけで歩き出してしまったのだが、地図が無いせいで何度も不安にさいなまれ、人とすれ違うたびに道を尋ねたものだ。そんなこんなでようやくたどり着いたポタ村は……


「え? え? 何これ?」


 村をぐるりと囲む柵、その外にはほりと土塁、簡素とはいえ小さな村には十分すぎるほどのな見張りやぐら。そこから私を見下ろしている人と視線が合った。


「何これ……前線拠点?」




 ロッドベリー市から派遣された勇者エクトールさんに会いたいと告げて示されたのは、村の中心部に近い建築現場。そこでは私と同じ年頃の若者が三人、小さな小屋を作っているようだった。


「あの! エクトールさんという勇者さんはいらっしゃいますか?」


「あ……行政府の人ですか? もう少しだけ待ってもらえますか、依頼内容は把握していますので……」


「え? 違うよ、私は……」


 私の声に顔を上げたのは最も若そうな、というよりもまだ少年と言って良い年頃の男の子だった。体も私より一回りも小さいくらいで、一歳下のリージュよりもさらに年下に見える。




「間違えてしまってすみません、たまに行政府の方が催促さいそくに来るんです、小鬼ゴブリン討伐はまだかって」


「ふうん……」


 明るい茶色の頭髪に同色の瞳、少年のような顔立ちは笑うと一層子供っぽく見える。事前に名簿で調べたところでは私と同じ十八歳、勇者として認定されたのは百日ほど前のはずだ。


「僕が帰れない理由は見ての通りです、村に防衛設備を作っているところですから」


「これ、全部エクトール君が作ったの?」


「いいえ、村の人達の協力があっての事です。協力者の説得と資材の調達から始めたので時間がかかっています」


「討伐対象の小鬼ゴブリンはどうしたの?」


「何度か襲撃を受けて、そのたびに怪我人が出ています。僕もこの通りです」


 エクトール君はそう言ってズボンの裾をめくった。女性のように繊細な肌に生々しい傷跡が走っている。


 彼が言うには、小鬼ゴブリンの巣は入り組んだ洞窟にあって討滅が難しい。ならば村自体の防衛力を高めて襲撃に備える方がよほど被害を防ぐことになるだろう、との事だった。

 なるほど、と私はうなずいた。小鬼ゴブリン人間ファールスの子供程度の知力体力しか有していないと言われるが、逆に言えばその程度の悪知恵と最低限の戦闘力は有しているということだ。油断した勇者が彼らをあなどって悲惨な最期を迎えた話は枚挙にいとまがない、私達のような未熟者ならば尚更だ。




「リナレスカさんは軍にいたんでしょう? 何か意見をもらえませんか」


「ええと……」


 一通り村を案内してくれた後、エクトール君は私にそう尋ねた。まだ設備の建設に協力するとは言っていないはずだけれど、放っておけない気持ちにさせられてしまった。小柄な男の子に困ったような顔で見上げられると何だかむずむずする。


「いざ実戦っていう時に村の人達の協力が得られるかどうか、かな。あと石が無い。戦闘経験がない人でも石を投げたりすればそれなりに役に立てるはずだから」


 私も戦術に詳しいわけではないけれど、伝令兵クルソールとして戦場を駆け巡った経験がある。砦の雑用係として最前線に物資を運搬した経験がある。

 こと拠点防衛においては特に非戦闘員の協力が重要で、各所への連絡や食料の配布、物資の運搬に彼らの協力が得られるかどうかで継戦能力が大きく違ってくる。

 それから投石は思った以上に有効な戦術なのだけれど、案外とそれに適した石は落ちていないものだし、武器として扱うにはある程度の訓練が必要だ。


「なるほど……リナレスカさん、新しく組織した自警団の教練をお願いできませんか? どうやら僕より強そうですから」


 こうして私はいつの間にかエクトール君の歩調ペースに巻き込まれ、ポタ村の拠点化に協力することになった。彼が庇護欲ひごよくをそそるような可愛らしい男の子だったからではない、決して。


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