こぼれ落ちたもの
全くもう。リナちゃんってば、いくら何でもやりすぎだ。あの日は髪の毛に匂いが残って眠れなかったんだから。
お野菜を詰め込んだ買い物袋から片手を離し、後ろ髪を前に持って来てくんくんと匂いを
全くもう、ともう一度苦笑いする。今日も農場のお手伝いで日銭を稼いでいたあの子は全然勇者らしくはないけれど、そんな称号や報酬などとは関係無しに誰かを助けることができる人だ。亜麻色の髪に良く似合う夕焼け色の瞳はいつも輝いて、自分の夢をまっすぐに見つめている。
ちょっとよくわからない事をしでかす時もあるけれど、それさえもどこか人を
優しくて一生懸命なあの子はきっと立派な勇者様になる。私の魔法はきっと彼女の助けになるはずだ、いろんな場所に旅をして、多くの人を助けて、ずっと一緒に……
「うん……?」
集合住宅の前に立派な馬車が停まっている。その横に立っている男の人が三人。彼らが着ている白地に金糸の
「リージュさんだね? ピエニ神聖王国のアリオスだ、突然すまないね」
「先日の戦いは見事だった。魔人ペイルジャックを倒せたのはきみの助力あっての事だ、感謝する」
「いえ……」
緩やかに波打つ金色の頭髪、端正な顔立ち、彫刻のように鍛え上げられた身体、華麗な軍服。外見だけをとってもこの家には似つかわしくない人だ、どのような理由があってここを訪れたのだろう。
「さっそくだが本題に入ろう。我が王国の勇者となり、共に戦ってくれ」
「……私が、ですか?」
「そうだ。きみの勇気と力を私は高く評価する。聞けば幼い弟妹と共に貧しい暮らしをしているそうじゃないか、私の
「……いえ、私は……」
「何言ってるんだい!」
口を挟んできたのは母だった。この声を聞くと私はどうしても目を伏せてしまう、身を
「
そうだ、私にはいつも選択肢など無かった。父が突然消えたから働かなければならなかった、母がお酒に
今もそうだ。リナちゃんのおかげで借金を返したのはいいけれど、この人はまたつけで飲み歩くに違いない。そうなればまた借金漬けだ、今度ばかりはいくらリナちゃんだって呆れてしまうに違いない……
「……わかりました」
馬車が動き出す。初めて乗る馬車にサリオもエルロンも大喜びだ。メルだけは事情を理解しているのか心配そうな目を向けてくる。大丈夫だよ、と抱き締めて窓の外に目を向ける。
見慣れた町の景色が流れていく。雑踏の中に亜麻色のセミロングを見かけて身を乗り出したが、いつものあの子ではなかった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「……ううん。なんでもない。なんでもないよ」
サリオの心配そうな声にもしばらく顔を上げることができなかった。私がこんな顔を見せてしまったら、みんなが不安になってしまうだろうから。
やがて気持ちを無理やり押さえつけて窓の外を見た時には、ロッドベリーの町はもう見えなくなっていた。
白大理石に青い
「ようこそ、リージュ・バレスタイン。ともに栄光の道を歩もう」
右手には
母も、妹も、弟たちも、大きな家と綺麗な衣服を与えられて喜んでいた。陳腐な物語ならばめでたしめでたしと締めくくられるであろう、両手に抱えきれないほどの栄誉。
……それなのに。この胸に残るのは寂しさだけ。
亜麻色の髪に夕陽色の瞳が良く似合う、私の親友。
名誉やお金や国のためじゃなく、誰かのために泣いて人のために笑える、私の理想の勇者様。
私が本当に欲しかったものは、この手から
『突然いなくなってしまってごめんなさい。いろいろ事情があって、私はピエニ神聖王国の勇者として迎えられることになりました。あんなにお世話になったのに、弟や妹の面倒まで見てくれのに、友達になってくれたのに、お礼もお詫びもできなくてごめんなさい。いつかまた会えることを願っています』
ふう、と溜息をつく。行政府の窓口でこの手紙を受け取り、差出人の名前を見てその場で封を開いてしまったのだ。
何の前触れもなくリージュが姿を消したのは十日以上も前。近所の人に「立派な馬車が迎えに来て引っ越したらしい」と聞いて、何となく察してはいた。
あの子らしいな、と思う。いくらわたしの
まだ重みの残る封筒を逆さにすると、掌に収まるほどの大きさの木札が転がり落ちた。魔法の仕組みを表すという古い時代の文字が丁寧に刻まれている。
『私の魔法を込めた
◆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
運命の女神の悪戯で引き裂かれてしまったリナちゃんとリージュですが、いずれまた何かに導かれるように何度も
引き続き『凡才勇者』リナちゃんを見守って頂けますよう、お願い致します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます