大樹海の大討伐(八)

 多くの勇者を失い重苦しさが漂うロッドベリー市だが、悪い事ばかりではなかった。今まで貯めてきたお金に加え、『大討伐』の報酬を頂いたことでとうとうリージュと私の借金を完済することができたのだ。行政府の窓口で最後の領収書と完済を証明する書類を受け取った私達は、人目もはばからず抱き合って飛び跳ねた。


「やったぁ! やったね、頑張ったもんね私達!」


「ありがとう……リナちゃんありがとう、ほんとに……」


 今までずっと我慢してきたのだろう、母親の横暴に耐えながら幼い弟妹を育ててきた気丈なリージュが両手で顔を覆って泣き出してしまった。私はもちろん、いつも面倒くさそうに対応する窓口の職員さんまで目の端を指で拭っている。




 その夜。色々あって少し遅れてしまったけれど、リージュの誕生会を開くことにした。彼女も晴れて十八歳になり、成人と認められる年齢に達したのだ。


母親が酒場に繰り出したのを見届けて、崩れかけた集合住宅の小さな部屋を飾り付ける。飾り物も料理もつたない手作りの、ささやかな祝宴。


「リージュ、十八歳の誕生日おめでとう!」


「おねえちゃん、たんじょうびおめでとう!」


「ありがとう、みんな……」


 じゃがいもとコーンだけのシチュー、玉葱のサラダ、かぼちゃのお団子。大討伐の壮行式で供されたような豪勢なものではない、気の利いた贈り物プレゼントなど無い。すべて借金の返済にててしまったから。でも暖かな洋燈ランプの下で温かい料理をみんなで囲むことが、彼女への一番の祝福になると思う。




「お姉ちゃん、リナちゃんとお仕事がんばってね。みんなの面倒は私が見るから」


 遠慮がちに申し出たのはメルちゃん。上目遣いの表情と控え目な態度がリージュにそっくりだ。



「リージュ姉ちゃん、自分のことも大事にしなよ。僕達だっていつまでも子供じゃないんだからさ」


 どこで覚えたのか、生意気なことを言うのはサリオ君。



「なあ、おねえちゃんとリナちゃんはどっちがすごいんだ? うわ、リナちゃんの方がすげえ!」


 私の胸を揉みつつよくわからないことを言うのはエルロン君。何がすごいのだろうか。




 十八歳になって法律的にはお酒を飲めるようになったリージュだけれど、やはり良い印象が無いためか用意した麦酒エールには手を付けていない。それに実はちょっと気になることがある。


「リナちゃん、本当にありがとう。私、何てお礼を言ったらいいか……」


「ん……」


 そう、この子は私に引け目を感じている。お金を盗んだ相手がそれを許すどころか借金を返す手伝いをしたのだから仕方ないのかもしれないけど、いつまで経っても対等の友人だと思ってくれないのがもどかしい。私はとっくに友達だと思っているのに、もっと仲良くなりたいのに。私はグラスに注がれた黄金色の液体をちらりと見て一計を案じた。




 妹と弟達を早めに寝かせた後。麦酒エール葡萄酒ワイン麦溜ウィスキー、かなり多めに買って来たお酒に片端から手を付けて、私は盛大にグラスを傾け続けた。


「ちょ、ちょっとリナちゃん大丈夫? 飲みすぎじゃない?」


「むっふふふふ、らいじょうぶじゃらいもんれー」


「お酒はもうやめよう。お水持ってくるね」


「お外いくろ? わらしもいくー」


 そして連れ出された集合住宅の裏で盛大に嘔吐リバースした。飲んだくれエブリウスさんと一緒に入った酒場でよく見た光景だけれど、私自身がこうなるのは初めてのことだ。


「うぇぐろろろぶぇれれれれげぱ!」


「もう。飲みすぎだってわかってたよね? 一体どうしたの?」


「うぇへへへへ……これでだよ」


「何が? 全然わかんないよ」


「私もリージュに迷惑かけちゃった。格好悪いとこ見られちゃった。えへへへへ、おんなじだね」


「リナちゃん……?」


「私達一緒に悪いことして、馬鹿なことして、格好悪いとこ見せ合って、後悔して反省して、ずっと後になってあんな事あったねって笑うの。私、リージュとそんな友達になりたい。親友になりたい」


「もう。だからってこんな事しなくても私は……」


「そうだった? あはは、格好悪いなぁ私」


 背中をさすってくれるリージュがどんな表情だったのかはわからない。お酒に良い印象が無いであろう彼女にこんな方法で距離を縮めようとして良かったのか、それもわからない。でも私の小さなおつむではこれしか思い浮かばなかった。


 もはや一歩も動けなくなった私は細い体に背負われ、小さいなぁ、柔らかいなぁ、いい匂いがするなぁなどと思いつつその背中に顔をうずめ……


「……うぉろろろろうぇぐろろろ!」


「きゃあああああ!!!」


 そこでまた生温なまあたたかいものを吐き出した私は翌朝、正座でお説教をされてしまった。さすがにちょっとやりすぎたかもしれない。


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