大樹海の大討伐(七)

 魔人ペイルジャック。猛禽もうきんを思わせる人型の妖魔は左右の手に握った剣で人類の双璧と渡り合い、にもかかわらず愉悦の笑みを浮かべている。


 神聖勇者セイクリッドの直剣が魔人に迫るも揶揄からかうようにかわされ、反撃の一刀を盾で辛うじて受け止める。

 黒の勇者アトムールの大剣がうなりを上げるも魔人の直剣に阻まれ、甲高い響きを残すのみでその体に届かない。


 だが人間ファールスが誇る英雄もまた劣るものではない。空を裂いて落ちる魔人の剣を受け止めあるいは受け流し、口から吐き出される毒霧にもひるまず剣を舞わせて鱗に覆われた身を削る。

 二十合、三十合、私が到着してからの僅かな時間でさえそれほど剣と剣が交差している。このままいつまでも決着がつかないのではないか。私だけでなく、この戦いを見守る勇者達もそんな思いに駆られていることだろう。


 不意に魔人が五歩の距離を飛び退いた。双剣を交差させ、頭上で力を溜めて左右に振り下ろす。真空の刃が空を、雨を切り裂きつつ迫る。だがそれは人間ファールスの勇者に届くことはなかった。


「我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ……【物理障壁フィジカルバリア】!」


 白く輝く障壁でそれをはばんだのは、銀色の髪を重く濡らした少女。リージュはそればかりか杖先に純白の矢を浮かべ、反撃の一矢を報いる。


「ふふふ、これは思わぬ拾い物。白と黒のみでは少々物足りぬところよ」




 雨中の死闘はなおも続く。神聖勇者セイクリッドの白き鎧は泥にまみれ、元の色すらもわからない。黒の勇者アトムールの黒衣もずたずたに裂かれ、鳥の尾羽のよう。泥に足をとられた神聖勇者セイクリッドの頭上に落ちる魔人の剣、それを阻む漆黒の大剣。


「一つ貸しだ、神聖勇者セイクリッド


「ああ、感謝する」


 黒の勇者アトムールに噴きつけられた毒霧、それを阻む白き盾。


「貸し借り無しだ、黒の勇者アトムール


「ふん」


 いつ果てるともない戦いに疲労をにじませ、呼吸するたびに肩を上下させる白と黒の勇者。だが魔人とて無傷ではない、赤褐色の鱗に覆われた身体には無数の裂け目が走っている。


「悪くない。悪くないぞ、人間ファールス。だがまだ足りぬ、なんじらの器はそんなものか? 我を満たすには到底足りぬ!」




 人と魔のいずれがたおれ、いずれが生き残るのか。多くの勇者が声を呑み行く末を見守る中、ついにその時は来た。白と黒の勇者に並び立たんとする『銀の乙女プラテース』の存在が、運命の女神の天秤を人の側に傾かせたのだ。


 リージュが放った光の矢がペイルジャックの障壁を突き破り、その胸板に弾ける。恍惚こうこつの表情を浮かべるその首を白き剣がね飛ばし、その胸を黒き剣が貫いた。

 地面を転がり水溜まりの中で横倒しになった魔人の首。しかしそれはなおも口を開き、言葉を紡ぎ出した。


「良いぞ、良いぞ。白に黒に銀、なんじらの思うことを為せ。我はペイルジャック、魔王の器……」


 あまりにも不吉な声、不穏な言葉。だが白き勇者の聖剣がそれを断ち切った。


「滅!」


 赤と茶色の水飛沫。泥の中に沈んだ頭部も、それを失った胴体もぐずぐずと地に溶けてしまい、後には何も残らなかった。




 なおも降りしきる雷雨の中、雨具に身を包んで帰途につく勇者の列。

 みな一様に肩を落としうつむき、葬列を連想させるそれは長く長く続いた。荷車に積まれた勇者の遺体は十一、三日以上の治療を要する者は二十八。これは『大討伐』始まって以来の損害だったという。


 彼らの中で声をひそめて語られる魔人ペイルジャック。呪いの言葉を残して消えたあの妖魔が滅されたとは、誰も思わなかった。


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