大樹海の大討伐(四)

「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 リージュが掲げる杖から白く輝く光の矢が放射状に放たれ、三匹の妖魔が一度に倒れ伏した。小鬼ゴブリン豚鬼オーク、最下層の魔兵レム級とはいえ一撃で複数の命を奪うとは凄まじい威力と精度だ。彼女が優秀な魔術師であることは承知していたけれど、これほどだったろうか?


「お嬢ちゃん、張り切りすぎだ。一度戻ろうぜ」


 飲んだくれエブリウスさんの言う通り短時間のうちに魔法を使いすぎたのだろう、リージュの額には汗が浮かんでいる。もう三人で……ではなく私以外の二人で十体以上の妖魔を討伐していて、その大半がリージュの魔法によるものだった。


「いいえ、まだ行けます。これでも魔力を温存しているんですから」


「そうかい、俺は疲れたから休ませてもらうぜ。おい、水をくれ」


「あ、はい」


 倒木に腰を下ろした飲んだくれエブリウスさんに水を差し出す。先行する勇者達をもどかしげに眺めるリージュを見て今さら気付いた、五十キロを一息に駆けるこの人がこの程度で疲れるわけがない。リージュのために休息をとってくれたのだ。


「その杖、神託装具エリシオンか?」


「え? ええ、そうです」


「何て名前だ?」


「『叡智えいちの杖』といいます」


「ふうん、聞いたことがねえな。最近手に入れたのか?」


「はい。遺跡に安置されていたので、今まで世に出ていなかったのだと思います」


「そうかい。効果と代償デメリットは?」


「習得していないものも含めて全ての魔法を使えるようになることと魔力の大幅な向上、代償デメリットはわかりません」


神託装具エリシオンは効果が大きいほど代償デメリットも大きい。使うなとは言わねえが気を付けろよ」


「……」


 リージュは無言のままうなずいた。私も聞いたことがある、多くの神託装具エリシオンには代償デメリットが伴うと。私は今更ながらに気になってきた、叡智えいちの杖にはどのような代償デメリットがあるのだろう。使っていくうちに彼女の未来に影を落としたりはしないだろうか。


「そういえば、飲んだくれエブリウスさんの剣も神託装具エリシオンですよね? 効果と代償デメリットを教えてください」


「さあな」


「なんで教えてくれないんですか!」


「わざわざ自分の弱点を明かす奴がいるか、阿呆」


 いつも通りの憎まれ口に頬を膨らませる私だったが、実はこれは予想通りの返答だった。この人の補佐として勤めた二年間にも教えてくれなかったことを今さら明かすとは思えない、少しでも長くリージュを休ませるための雑談だ。




 中身の乏しい会話を続ける私達の耳に、やや遠くからの破裂音と悲鳴が届いた。ここで待てという飲んだくれエブリウスさんの指示に従わず走り出すリージュ、仕方なく私もその後を追う。

 周りからも複数の足音が聞こえる、鎧を鳴らす音が響く。近くの勇者達が集まってきたのだろう、その前に姿を現したのは……


 異様な外見だ。猛禽もうきんを思わせる頭部、全身を覆う赤とも茶ともつかぬ鱗、細長い手足と尻尾、背中には四枚の羽、左右の手には血濡れた直剣。以前見た下位悪魔レッサーデーモンほどの大きさだろう、四肢の太さもさほどではない。だがその目の奥に潜む闇は限りなく深く、地上から魔界をも貫くという奈落アビスを連想させる。


「こいつは……ペイルジャック!」


 ペイルジャック? 私は聞いたことのない名前の妖魔を目を細めて観察した。飲んだくれエブリウスさんのこんな声も聞いたことがない、下位悪魔レッサーデーモンどころか上位悪魔グレーターデーモンさえ手玉に取るこの人が緊張を隠せないほどの妖魔だというのか。


「魔人ペイルジャック。魔軍将アーク・レムレス級の中でも特殊な存在だって」


 教えてくれたのはリージュ、彼女の声もまた緊張をはらんでいる。無理もない、その妖魔の足下には既に動かなくなった勇者が踏みつけられているのだから。


「くそっ、何だこいつは! 手を出すな、包囲しろ!」


 歴戦の勇者達もすぐに敵の力量を悟ったようだ。だが妖魔は私達の言葉とは異なる詠唱で巨大な火球をび出し、それを投げつけた。閃光と轟音が辺りを満たし、えぐり取られた木々と地面の中に黒焦げの人間ファールスが横たわる。それでもひるまない勇者達はそれぞれの得物をかざして魔人に挑み、二本の直剣が迎え撃って甲高い金属音が連鎖する。


「おい、伝令兵クルソール!」


「はい!」


 条件反射。だが手で口を塞ぐ間もなく、飲んだくれエブリウス小隊長から命令が下された。


神聖勇者セイクリッド黒の勇者アトムールを連れて来い! 大至急だ!」 


「で、でも……」


 私は飲んだくれエブリウスさんとリージュを等分に見た。この人はペイルジャックというあの妖魔を相手に時間を稼ぐつもりだろうか、リージュをこの場に残して良いのだろうか。


「行って、リナちゃん。をあげる」




 【身体強化フィジカルエンハンス敏捷アジリティ】。リージュのおまじないが宿った両足に不自然なほどの力がみなぎる。湿った大地を蹴って深い森を駆ける、力を込めるたびに左右の視界が後ろに飛んでいく。速い、たぶん今の私は誰よりも。


 でも草原を一人駆けるような開放感は無い、道の果てまで駆けていこうという胸の高鳴りも無い。ただ師と友の運命がこの足に懸かっている、その重圧がのしかかるだけ。どれほど速く駆けようとも焦りがつのるばかりの私の頬に、ぽつりと水滴が跳ねた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る