大樹海の大討伐(三)

 なだらかな丘陵地帯、鉛色と表現するしかない雲が重苦しく頭上を覆う。雨に備えてほろを被せられた荷車の列が連なる。

 やがて人間ファールスの生息域の果てを越え、魔の領域とされる『ドゥーメーテイルの大樹海』に進入する勇者達。今年も『大討伐』が始まったのだ。


 私は長くロッドベリー砦に勤めていたため、この『大討伐』に参加するのは四回目だ。一回目と二回目は雑用係として、三回目は伝令兵クルソールとして、そして今回は勇者として。もちろん今までとは違う緊張感があるけれど、この光景自体は見慣れていると言って良いくらいだ。




 砦を発って二刻余り、柔らかい下草を踏みしめてひたすら魔の森の奥へ。昼なお暗い大樹海とはいえまだ妖魔の姿はまれで、血の気の多い者が追い立て斬り倒す他にはさしたる障害も無い。

 各国の勇者達は寄せ集めゆえ決まった隊列は無く、数人の小隊ごとに適度な距離を保って進んでいく。さて私はといえば魔兵レム級妖魔にさえ苦戦しかねない程度の実力なのだから、誰かに守られて進むしかない。以前のように飲んだくれエブリウスさんの後ろを歩き、その後にはリージュが続く。


「お嬢ちゃん、疲れたらいつでも休んでいいんだぜ。今から気を張ってちゃたねえからな」


「ありがとうございます、飲んだくれエブリウスさん」


「なんか私と扱い違いませんか!?」


「当たり前だろ。か弱いお嬢ちゃんをお前みてえな体力馬鹿と一緒にできるかよ」




 今回の『大討伐』に参加している勇者は百二十四名。その中には従者を持つ者も多く、彼らを加えると五〇〇名を超える。さらには後詰ごづめとしてロッドベリー砦の正規兵二〇〇名、荷物を運んだり食事の世話をしたりといった雑用係が二〇〇名。総勢で一千に届こうかという軍勢は壮観だったが、この深い森に入ってしまえば全軍を見渡すことはできない。


 次第に木々の幹がねじれ、下草もまばらになり、気泡を吐き出す沼や湿地が顔を覗かせ、鳥の鳴き声すら奇怪なものに変わっていく。そろそろ荷車の進入が難しく全体での行軍ができなくなるだろう、あとは物資を満載した車列を正規兵が守り、それを拠点に勇者達が思い思いに妖魔を『狩る』ことになる。


「行軍停止! 行軍停止! 各国の勇者に告ぐ、大討伐を開始せよ!」


 伝令兵クルソールが八方に散り、むしろその指令を待っていたかのように喚声が上がる。彼らにとってはこの瞬間『大討伐』が始まったのだ。




「さて、お前はどうするよ?」


「わ、私ですか!? どうするって言われても……」


「そんなこったろうと思ったぜ。名を挙げる好機チャンスを棒に振っていいのか?」


「師匠と同じにしないでください! 私たぶんこの中で一番弱いですよ!?」


「まあそうだろうな。自分を客観視できるのはいいことだ」


 無精髭ぶしょうひげが伸び始めた顎を撫でつつ、にやにやと変な笑い方をする勇者飲んだくれエブリウス。この人の言い草に慣れている私はそんなあおりに乗ったりしないのだけれど、意外なところから声が上がった。


「行こうよリナちゃん! リナちゃんはきっと立派な勇者様になるよ、もっと認められていいはずだよ!」


「ええ!? リージュ、どうしたの急に!?」


 いつも控え目で思慮深いリージュが、後から思えばこの時ばかりは積極的だった。

 嫌な予感というほどのものではない、違和感というにも不足しているほどの微かな心のきしみ。大樹海の大討伐、私達の運命はこの日を境に動き出すことになる。

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