大樹海の大討伐(二)

 この『大討伐』に際して国外から派遣されてきた勇者はピエニ神聖王国から十八名、南方都市国家群から十二名、その他地域から七名。


 彼らはイスマール侯国に比べて人数こそ少ないものの、名だたる勇者が顔を揃えている。中でも神聖勇者セイクリッドアリオスと黒の勇者アトムールチェスターはその双璧とされており、その実績から『人類の希望』とまで称されている……というのは、情けないことにこれも優秀な勇者補佐の受け売りだ。




 ようやく目が覚めたのか、飲んだくれエブリウスさんが隣の席でもぞりと体を動かした。私も小さく伸びをして前を見ると、白い軍服姿の勇者が演台に立ったところだった。


「お招き頂き光栄に存じます、ピエニ神聖王国のアリオスです。各国の勇者を代表してご挨拶させて頂きます……」


 この人が『神聖勇者セイクリッド』アリオス。


 その体躯、その声量、その存在感、私はこの人から目が離せなくなってしまった。立派な体格だけでなく伸ばした背筋に堂々とした立ち居振る舞い、まるで内側から放たれる聖なる光を隠しきれていないかのようだ。

 加えて挨拶も簡潔でわかりやすく、メルモーゼ司令官の十分の一の時間で終わったにもかかわらず内容が充実していて退屈も覚えず、私も飲んだくれエブリウスさんも心からの拍手を送ったものだ。




 最後になんとか卿の音頭で乾杯を済ませ、ようやく目の前に並べられていた料理に手を付けることを許された。

 牛肉の蒸焼きローストビーフ色つきご飯サフランライス、トマトソースのスパゲッティ、羊肉のグリル、蒸し鶏のサラダ、夏野菜のスティック、見た目の色味も楽しく体作りにも気を配ったような料理の数々。それらを次々とお皿に盛っては口に運ぶ私とは対照的に、飲んだくれエブリウスさんはほとんど手をつけずお酒ばかり飲んでいる。


「お酒とお肉ばかりだと体に悪いですよ。ちゃんと野菜も食べてください」


「うるせえな。明日には地獄行きかもしれねえんだ、好きなもん食わせろ」


「明日生き残るためにちゃんと食えって、私の尊敬する師匠が言ってましたけど?」


「どこのどいつだ、そんなくだらねえこと教えたのは」


 などと愚にもつかないことを言い合う私達の近くで、あの『神聖勇者セイクリッド』が談笑している。服装からして相手は私達と同じイスマール侯国の勇者なのだろう。リージュは彼のことを「武勇だけでなく知識にも人望にも優れる最高の勇者」と評していたけれど、疑いようのない事実なのだろう。まあ自分には関係ないかとくるくる丸めたスパゲッティを口に放り込んだとき、顔の横から声がした。




「失礼、リナレスカさんだね? ピエニ神聖王国のアリオスだ、よろしく」


「ふぁい!?」


 口いっぱいにスパゲッティを詰め込んでいた私は、すぐ隣で神聖勇者セイクリッドが腰をかがめていると知り慌てて立ち上がった。もぐもぐと動かす口元を白いナプキンで隠して中身を飲み込む。


「ど、どうも、リナレスカです! ええと、お会いできて光栄です!」


 口元にトマトソースを付けたまま直立不動で敬礼する私に対して、爽やかな微笑を浮かべるアリオスさん。こうして間近で見るとさらに大きくて力強くてものすごい存在感、それにお顔も体も彫刻のように完璧だ。外見だけでも神話から抜け出してきたようなのに、さらに握手を交わすとその手の大きさと分厚さに圧倒されてしまった。


「よう、神聖勇者セイクリッド。ずいぶんと景気良さそうじゃねえか」


「これは飲んだくれエブリウス殿。ご壮健で何よりです」


「こっち来て飲めよ。堅苦しい挨拶ばかりじゃ肩が凝っちまうだろ」


「ははは、貴方あなたの隣では飲みすぎてしまいますよ」


「ちっ、相変わらずおかてぇ奴だ」


 私は口を開けた間抜けな表情のまま固まってしまった。飲んだくれエブリウスさんとアリオスさんが知り合いだという事実に驚いたのだが、よく考えてみれば侯国勇者と神聖王国の勇者は同格だ。それにこの『大討伐』は毎年この時期に行われるのだから、何度か顔を合わせていても不思議ではない。




「ふう……びっくりしたぁ」


 思わぬ大物と遭遇してしまった動揺を鎮めるため、開け放たれていた大窓から露台バルコニーへ。麦酒エールを半分飲んだだけでまだ酔ってはいないけれど、秋の始まりを告げる夜風が涼しい。ほぼ真ん丸の月が照らす露台バルコニーには真っ黒い人影が……人影が!?


「ひいいいい!?」


「何だ、やかましい」


 迷惑そうな表情と迷惑そうな声で私をとがめたのは、黒地に銀の刺繍をあしらった軍服に身を包んだ大柄な男性。アリオスさんに劣らぬ体格で、長めの黒髪と黒曜の瞳が夜空を連想させる美丈夫だ。

 深紅の液体を満たしたグラスを手にする姿は絵になるけれど、怖い。存在感が圧倒的すぎて怖い。月下に美女の血をすす吸血鬼ヴァンパイアを目にした勢いで私は会場に駆け戻った。


「ご、ごめんなさい! 失礼しました!」




 自席に戻った私は気持ちを落ち着かせるために残った麦酒エールあおり、空になったグラスで円卓を叩いた。飲んだくれエブリウスさんがそれを見てにやりと笑う。


「いい飲みっぷりじゃねえか。ところで黒の勇者アトムールを知らねえか? どこ行きやがったあいつ」


「し、知りません。そんな人知りません」


 黒一色の姿、ただならぬ存在感、たぶんあの人だと思う。でもまた間近であんな威圧感を放たれたら泡を吹いて倒れてしまう。私はできるだけ小さくなって、両手に持ったグラスから麦酒エールをちびちびと嘗めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る