失われた村の夢喰い(三)

 明るい店の中だ。熊、羊、犬、猫、僕は他のぬいぐるみ達と大きなかごの中に入れられ、その時を待っていた。ずいぶんと長い時間だった気がする。他の子達が笑顔の子供に抱かれて連れて行かれるのを、ただじっと見ていた。


 かごの中の仲間が少なくなると次の仲間が上からどんどん放り込まれ、僕は一番下で押しつぶされてしまった。重くはないけれど、これでは誰の目にもまることはないだろう。そのうちつぶれて色せて、僕は一生をここで過ごすことになるに違いない。


 そんなある日、僕は小さな女の子にかごの底から引っ張り出された。小さな手だ、もしかすると僕の手よりも小さいかもしれない。その女の子は僕をしっかりと抱き締めた。苦しいけど柔らかくて温かくて、とても気持ちが良かった。


「おかあさん! ねえ、おかあさん! わたし、このこほしい!」


「ごめんね、今はお金が無いの。また今度にしましょうね」


「うう……ピノ、ぜったいむかえにくるからね」


 女の子は僕を抱き締めたまま泣き出したけれど、お母さんに言い聞かされて最後にはまたかごに戻した。そうか、僕はピノという名前だったのか。きっとこれが最初で最後の機会チャンスだったのだろうけど、もういいんだ。名前をくれたあの子に感謝して眠りにつくことができるから。


 なのに。女の子の温かさを胸に眠っていた僕を、突然引っ張り上げた奴がいる。ちょっと、いや結構乱暴に耳をつかんで籠から掴み上げ、そのまま外に連れ出したのは腕白わんぱくそうな男の子。とても僕みたいなぬいぐるみを大事に扱いそうもない奴だ、きっと僕は乱暴に振り回されて手足をちぎられて、ごみ箱に捨てられるに違いない。


「千八百ペタです。リボンをおつけしましょうか?」


「はい!」




 暖かいランプの光だ。いや、ランプ自体は小さくて部屋は薄暗い。暖かいのはこの部屋だ、貧しいけれど幸せそうな四人家族がテーブルに乗せられたおいしそうなシチューを囲んでいるからだ。


「サヤ、お誕生日おめでとう!」


「あ! ピノ、ピノだ! やったぁ! おにいちゃんありがとう!」


 赤いリボンを結ばれた僕は、僕をピノと名付けてくれたあの女の子に手渡された。僕を抱き締めたままくるくると回る女の子の腕の中はやっぱり柔らかくて温かくて、心から幸せな気持ちになった。この子を一生守るんだと誓った。


 それからの僕は幸せだった。ご飯を食べるときも、お出かけのときも、寝るときもサヤと一緒だった。汚れてぼろぼろになった僕をお母さんは丁寧につくろってくれた、そしてまたサヤと一緒にたくさん遊んだ。




 ……その日、外に干されていた僕は、お母さんと近所のおばさんの立ち話を聞いていた。どうやら村で病気が流行っているらしい、そういえばお兄ちゃんが最近ずっとせきをしていた。


 ……大きな穴だ。どうしてお兄ちゃんを埋めてしまうんだろう、かわいそうだな、起きてこれなくなっちゃうのに。お父さんもお母さんもずっと泣いていて、サヤはもっと泣いていて、その日はいつもより強く僕を抱き締めて眠った。


 ……やがてお父さんも穴に埋められてしまった。お母さんはずっと咳をしながらお料理を作ってくれていたけど、もうずっと起きてこない。僕はぬいぐるみだから大丈夫だけれど、サヤはおなかがすいただろう。早くあの温かいシチューを食べさせてあげなきゃ、誰か来ないかな、誰か早く!


 ……お前は誰だ! きつねって奴だな、サヤが絵本を読んでくれたから知ってるぞ。サヤを食べに来たんだろう、絶対にそんな事はさせないぞ! 帰れ、帰れ、僕はこの子を守るんだ!


 ……お前は誰だ! 見ているな? サヤと僕を見ているな? 僕の夢の中から見ているな!? 絶対に渡すものか、サヤは僕がずっと守るんだ!




「どうしたの!? しっかりして!」


「うう……ピノ、違うの。もうやめて、私は……」


 おかしい。リージュの様子がおかしい。さっきまで夢の中で誰かと会話しているようだったのに、まるで悪夢にうなされたように頭を左右に振ってうめき声を絞り出している。細い体をつかんで揺り起こすと、魔術師は大きな目をいっぱいに見開いて私にしがみついた。


「来る!」


「く、来るって何が!?」


夢喰いタピルス!」




 白いもやに包まれた家の中に突然現れた巨大な獣。灰色熊の体に兎の頭部を無理矢理つけたような魔獣が、深紅の目で私達を見下ろしている。


 その光景、その姿、とても現実のものとは思えない。

 そう、まるで夢の中に誘い込まれたような感覚だった。


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