失われた村の夢喰い(二)

「ねえきみ、お名前は?」


「……」


「ロサ村から来たの?」


「……」


「うるさくしてごめんね。お姉ちゃん達、ロサ村の調査に来たんだ。妖魔や盗賊が棲み付いていないかって」


「……」


 私がいくら話しかけても男の子は返事をしない。当然だ、男の子の身体は半透明で淡い光に包まれており、一目で命なき存在だと分かるのだから。


「ね、ねえリナちゃん、この子……」


「見ればわかるよ。幽霊だよね」


「どうして平気なの!? さっきあんなに怖がってたのに!」


 どうやら私は危機に陥ったり不可思議な事に遭遇するとかえって冷静になってしまう場合があるようで、今回も妙にはらが据わっている。

 それに私は『怖い話』が怖いのであって、こんな可愛らしくて大人しそうな幽霊は怖くも何ともない。それどころか子供の頃によく遊んでいた男の子を思い出す。あの子はたぶんドラゴンに食べられてしまったのだろうけど、この子はどうして命を落としてしまったのだろうか。


「可愛いぬいぐるみだね。誰にもらったの?」


「……」


 十歳未満と思われるその男の子は右手に茶色いうさぎのぬいぐるみを下げている。ずいぶんとくたびれているようだけど、お気に入りなのだろうか……

 私の言葉に初めて男の子が応えた。言葉ではなく動きで、それも僅かな動作で。ただ強くぬいぐるみを握り締め、悲しそうな目で私を見つめただけ。それだけで男の子の姿は掻き消えた。


「……何かわかった?」


「ううん、何も。でも……村のこと、ちゃんと調べなきゃね」




 ロサ村は三十戸ほどの小さな集落だった。十年以上も前から誰も住んでいないという情報の通り荒れ果てていて、何者の気配もしない。家々のほとんどは原型をとどめているけれど、動物に荒らされてとても住めないような有様だ。

 だがそれは逆に、妖魔や野盗がここを根城にしていないという証明でもある。つまりこれで勇者としての任務は終わりなのだけれど、私達にはどうしても調べたいことがある。


 一軒一軒、丁寧に家の中を見て回る。中には白骨化した遺体がそのまま残されている家もあることから、疫病が流行ったという情報は正しかったようだ。屋内の遺体が埋葬されていないのは死者からの感染を恐れたか、そのような余裕すら無かったのだろう。


「あ……」


「ぬいぐるみ、だね」


 秋の陽が中天に差しかかった頃、動物などに荒らされた形跡のない小さな家の中でそれを見つけた。粗末な女性の衣服を着たままの白骨と、見覚えのあるうさぎのぬいぐるみ。そしてそれを抱いた小さな白骨。


「昨日の子かな」


「わかんないけど……」


「けど?」


「調べることはできるよ。あまり良い方法じゃないけど」


 そう言ってリージュは小さな遺体が抱えるぬいぐるみに杖を向け、目を閉じた。「あまり良い方法じゃない」ということは死者を蘇らせたりする魔法があるのだろうか。もしそうであれば確かに良い方法ではない、安らかな眠りをさまたげることにならないだろうか。


「魔法を使ってる間は無防備になるから、何かあったら私の体を叩いてね。それから……」


 私の信頼する魔術師は片目だけを開き、少し迷ったように言いよどんだ。


「物に残された思いを辿たどる魔法だから、強い思いに引かれて悪いものを呼び寄せてしまうかもしれない。気を付けてね」


 それならば死者の眠りをさまたげることにはならないか、と一度安心したものの、それはそれでまた別の不安があるらしい。


「悪いものって何!? どう気を付けるのさ!?」


「それもそうだね。でも滅多に無いことだから大丈夫だと思う」


 そう言って笑ったリージュは、今度こそ目を閉じて詠唱を始めた。


「深き深き黒、静かなる夜、閉ざされし闇、光なきなんじらの世界へ我をいざなえ。【思念探索サイコメトリー】」

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