失われた村の夢喰い(一)

 濃い水色の中に薄い白が添えられている。空の様子が変わった、大好きな夏が終わってしまった。


 上に向けていた視線を地上に戻すと、まっすぐに伸びる道の左右に緑から黄に変わりつつある草原。水田や麦畑でないのが勿体もったいないくらいの平野だが、それには理由があるらしい。この辺りには今現在、人が住んでいないのだ。


「まだ先なのかなぁ?」


「まだまだ先だよ。あと五里はあるかな」


「そんなに遠いの? じゃあ走ろうよ!」


「ちょっとリナちゃん、どうして走るの!? 遠いから『じゃあ走ろう』っておかしくない!?」


「走るのは気持ちいいじゃない! 歩くのは面倒くさいし、遅いもの!」


 私達がロッドベリー市行政府から直接の依頼を受けたのは三日前。『大討伐』の下準備のため、ある廃村の現状確認を任されたのだ。




『大討伐』とは毎年この時期に行われる大規模な妖魔討伐作戦のことで、農作物の収穫を控えたこの時期に大規模な討伐を行うことで被害を防ぐという狙いがある。ゆえに国内外から多くの勇者を集め、ロッドベリー砦を拠点に『ドゥーメーテイルの大樹海』に深く侵入して多くの妖魔を排除するというものだ。


 諸国から多くの勇者を招く『大討伐』において不測の事態が起きてはならない。ゆえに侯国は神経を尖らせ、事前にロッドベリー砦後方の安全を確認しておくのが通例となっている。廃村や洞窟などに妖魔が棲み付いていないか、野盗が根城にしていないかを調べる必要があるのだ。


 これから私達が向かうのはロサという村があった場所だが、もう十年以上も前に公式の地図から存在を抹消されている。長雨が続いて農作物に壊滅的な被害を受けたところに疫病が流行し、生き残った者も村を去ったらしい……というのはもちろん有能な勇者補佐、リージュの下調べによる情報だ。




 ロサ村があった跡地はもう目と鼻の先。もし村に人が住んでいれば明かりが見えようかという距離と時刻だ。

 大木の下に天幕を張り、火を起こして軽く夕食を済ませる。女性だけの二人旅とはいえ私もリージュも慣れたもので、珈琲コーヒーなど飲みつつ星空を眺める余裕がある。


「ねえリナちゃん、この近くの村に幽霊が出るっていう噂は知ってる?」


「え、え、何それ。聞いたことないんだけど」


「ある屋敷に若くて黒髪の綺麗な女の子が勤めていたんだけどね。家宝のお皿を割ってしまって、怒ったご主人は……」


「う、うん……」


 実は私、こういう話は苦手だ。首無し騎士デュラハンが自分の首を探して夜な夜な街を徘徊するとか、亡霊レイエスに憑りつかれた者は亡霊レイエスになってしまうとか、そんな話を聞いた夜には暗闇から手が出てきそうな気がして……


「……一枚足りなぁぁああい!!」


「きゃああああ!!!」




 この子ずるい! 華奢きゃしゃな体に銀髪とか、長い前髪の奥から覗くような目とか、もう見た目からして怖いのがずるい。こんな子が井戸から這い出して来ようものなら間違いなくその場でおしっこちびってしまう。

 でもあの控えめで遠慮がちなリージュが、こんな変な話をしてくれるようになったのが嬉しい。私の間抜けぶりに軽口を叩いてくれるのが嬉しい。私だけ扱いがちょっと雑なのも嬉しかったりする。


 ……などと思いつつ目の端にたまった涙を拭い、何気なく横を見ると……そこにはいつの間にか男の子が立っていた!


「ひいいいいい!!!」


「きゃああああ!!!」


 このあたりには誰も住んでいないって聞いたのに! 寝る前のおしっこにはリージュに付き添ってもらおうと、私は勇者にあるまじきことを心に決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る