叡知の杖(六)
よし!と覚悟を決め、リージュのおまじないを背中に受けて床を蹴る。だが自慢の脚力に任せて加速しようとして一歩目でつまずいた。
「えっ、何これ!?」
つまずいたのは私の間抜けのせいではない、思った以上の加速に姿勢を制御できなかったためだ。
「【
「わかった!」
完全に理解したわけじゃないけれど、何となくその名称で予想がついた。これは私の敏捷性を百秒間だけ増幅させる魔法のおまじないだ。
速い! 何これ! ザックさんが放った闇色の触手を、光の矢を置き去りにして瞬く間に室内を駆け抜け、壁を蹴って方向転換。敵の懐に飛び込んで右手の剣を叩き落とした。だが自分でも笑ってしまうほどの加速力に再び姿勢を崩してしまう。
「
私が体勢を立て直す間にザックさんが放ったのは【
「ええい!」
強化された脚力でその脳天を蹴りつける。よろめく敵を目の端で確認、着地と同時に渾身の
「すごい! すごいよこれ! こんな魔法があるんだ!?」
「うん。でも百秒経つと……」
喜びのあまり飛び跳ねていた私だったが、膝が突然かくんと折れて尻餅をついてしまった。起き上がろうとしても力が入らない、十
「そうなるの。過剰な力を使った反動が後から来るんだ」
気を失ったザックさんを縛り上げている間、リージュはずっと白銀色の杖を仔細に調べていた。手をかざし、目を凝らし、光を当て、何やら考え込む。
「ねえ、その杖は何だったの?」
「あ、ごめん。この杖ね、
「
有名なところでは敵の攻撃を完璧に遮断する代わりに所有者の幸運を奪い取る『不幸の盾』、圧倒的な身体能力を得る代わりに所有者が次第に至高神の意思に染まっていく『至高の鎧』などが挙げられる。このイスマール侯国が豊かな自然に恵まれているのは侯爵家が『豊穣の
「やったね! これを売れば借金どころか大金持ちだよ!」
「うん……」
価値ある品と知ったからそう見えるのだろうけど、繊細な装飾が施された白銀色の杖は
ミルカさんの遺体を埋葬し、ザックさんを連れてロッドベリー市に戻った私達は行政府にて一通りの事情を説明。これにはミルカさんの身分証明プレートとザックさん自身の証言、それから『
ザックさんは約束の報酬二〇〇万ペタなどというお金は持っておらず、私達に支払われたのは所持金の二〇万ペタと
ただしお金の他に、値段がつけられないほどの
「あの……リナちゃん。やっぱりこれ、売らないで私が使っちゃ駄目かな」
「え? いいよ、もちろん」
リージュが今まで使っていたのは、何とただの木の棒を自分で加工したものだという。優秀な彼女に比べてあまりに粗末な代物だと私も思っていたくらいだから、反対すべき何物もない。
それにこの子はきっと、
この子はもっと幸せになっていいはずだ、広く認められていいはずだ。粗末な木の棒を持って勇者補佐などという小さな器に収まっていて良い訳がない。
優秀な魔術師であるリージュが
この時私はそう思った……そして後になって後悔した。無理にでもあの忌まわしい杖を手放させておけば、と。
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