叡知の杖(五)

 古代遺跡の地下室、白銀色の杖を手にして口元を歪める男。事情を知らない私にも、その笑いは限りなく邪悪に見えた。


「ザックさん、その杖は何ですか? それよりミルカさんの遺体を埋葬しなきゃ……」


 私の声にザックさんは振り返り、岩人形ロックゴーレムの残骸とともに横たわる遺体を蹴りつけた。ついでとばかりつばを吐きかける。


「こんな奴など知ったことか。無能だのごくつぶしだのと散々馬鹿にしやがって、いいざまだ」


 ……やっぱりリージュの言う通りだった、ザックさんの目的はミルカさんの安否確認や遺品回収などではなかったのだ。事前に「気をつけて」と言われていなければ混乱してどうすれば良いかわからなくなっていたことだろう。




「私達をだましたんですね? 行政府に報告します」


 宣言した私だったが、後ろのリージュから無言の抗議の気配が伝わってくる。たぶん私の短慮をとがめたいのだろう。師匠にもよく言われたものだ、「交渉の余地がある相手を挑発するな、常に戦闘以外の選択肢を残しておけ」と。

 なのにまた感情を優先してしまった。私達を騙したことにではなく、仲間の遺体を損なうような行為につい頭に血が上ってしまったのだ。


「好きにしろ、生きて帰れればな! 【光の矢ライトアロー】!」


 ザックさんの杖から続けざまに光の矢が放たれた。それは先程のリージュのものより強く鋭く輝き、かわしようもないほどの速度で飛来する。


「我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ!【魔法障壁マジックバリア】!」


 だがおそらくリージュはこれを予測していたのだろう、私の前に展開された虹色に輝く半球体に次々と光の矢が弾け、まばゆい飛沫を上げて砕け散る。

 一本目で球体の表面に亀裂が走り、二本目でそれが網目状に広がり、三本目で砕け散った。四本目を籠手こてで弾かなければこの胸は光の矢に貫かれていたかもしれない。だが衝撃で左腕が肘まで痺れている、籠手に楕円盾オーバルシールドを仕込んでいなければ無事では済まなかっただろう。


「夜を夢を影を、絶望をつかさどる闇の精霊、その黒き手を以ての者をいましめよ。【影の束縛シャドウバインド】!」


 床を叩いた銀色の杖から影がはしる。それは生物のように地を這い、瞬く間に足元に伸びてきた。咄嗟とっさに身を投げ出してかわしたものの、代わりに背後のリージュがそれに捕らえられてしまった。足首から膝に、腰にまで絡みついて身動きを封じていく。


「あの人、魔術師だったの!?」


「ううん、詠唱も動作も慣れていない。たぶん魔法が使えるのはあの杖の力だと思う」


 今さらながらに小剣を引き抜いた私にリージュが答える、その私達を見るザックさんの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。




「リナちゃん、先に逃げて。この人は私が何とかするから」


「そんなの嘘! いくら私にだってわかるよ、自分だけ犠牲になるつもりでしょ」


「相談か? 俺は構わんぞ、何なら二人まとめて飼ってやってもいい」


 ……さて。おつむが弱くていつも阿呆とか間抜けとか言われる私だけれど、追い詰められた状況になると意外と冷静になったりする。


 この人は剣術だけでもたぶん私より強い上に、優秀な魔術師であるリージュを圧倒するほどの魔法が使える。普通に戦えば勝ち目が無い、でもそれだけに油断が見て取れる。私達を未熟な若い女性とあなどり、生け捕りにしようとしている。そこに付け入る隙があるかもしれない。

 師匠は「自分よりつえぇ奴に出会ったら逃げろ」と言っていたけれど、今はその時じゃない。動けない友達を見捨てて逃げるなんて勇者のすることじゃない、きっと一生後悔することになる。


「私、逃げない。絶対あいつに勝つ」


「……わかった。じゃあ、をあげる」


 大切な友達はそう言って短く詠唱、私の背中に軽く触れた。



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