叡知の杖(四)

 洋燈ランプと【照明ライト】の魔法でも隅々を照らすことはできないほど広い地下空間。目が慣れてくると奥に向かう通路があり、その前に不自然な岩の塊が散乱していることに気付いた。


「これは……岩人形ロックゴーレムですね?」


「そうだ。俺達が倒した」


 噂に聞いたことがある、これが岩人形ロックゴーレム。ゴーレムは様々な素材に魔術師が魔力を注ぎ込むことで作られ、単純な命令に従事するという。私には岩の塊にしか見えないけれど、魔術師のリージュには一目でそれとわかるらしい。

 手近の岩をごろりと足で転がしてみると、意外と可愛らしい目と口の模様が刻まれていて急に可哀想に思えてしまった。慌てて拾い上げて胴体の上に乗せてあげる。


 岩の残骸を横目に通路を進み、いくつかの分かれ道を迷わずに進んだザックさんは、「この奥だ」と言って金属製の両開きの扉の前で足を止めた。


「この奥の部屋にミルカをった岩人形ロックゴーレムがいる。気をつけろ」


 その声に息を呑む。腰の後ろから小剣を抜いたけれど、こんなものが岩石の身体に通じるとは思えない。ザックさんはといえば直剣の代わりに長柄のハンマーを手に持っている、確かにこちらの方が通用しそうだ。


「いくぞ!」




 ザックさんを先頭に踏み込んだのは、綺麗に石材をはめ込まれた十数歩四方の部屋。中には書棚といくつかの調度品、そして……重々しいきしみを立てて動き出す岩人形ロックゴーレム、その足元にはまだ新しい遺体。きっとこれがミルカさんという勇者なのだろう。


 岩人形ロックゴーレムの頭部に描かれたつぶらな瞳が私達を見下ろす。女性としては中背の私よりも頭二つ分くらいは高いだろうか。こうして見上げてみると可愛くも何ともない、ただただ大きな人型が無表情で無感情に岩の拳を振り上げるのが恐ろしい!


「天にあまねく光の精霊、我が意に従いの者を撃ち抜け!【光の矢ライトアロー】!」


 リージュの杖から撃ち出された三条の光が岩人形ロックゴーレムの右肩に吸い込まれ、振り上げられた右腕がはじけ飛んだ。その隙に飛び込んだザックさんがハンマーで一撃、まともに食らった胸部に大きな亀裂が入る。


「わ、私だって!」


 ついでに飛び込んだ私も小剣を突き立ててみるが、文字通り刃が立たない。僅かに欠片を散らしただけで終わったところに岩でできた拳が振り下ろされ、慌てて地面に転がり難を逃れる。


 質量を持った高速の光を放つ【光の矢ライトアロー】、無形の衝撃を放射状に放つ【衝撃波ショックウェーブ】、リージュの攻撃魔法が岩の欠片を散らす。ザックさんのハンマーが岩石の身体に深刻な損傷を与える。

 やはりと言うべきか私は何の役にも立たない。この場に勇者の称号を持つ者は私だけだというのに情けない、情けないけれど、今私にできることを為さなければならない。私は杖を構えるリージュの前で小剣を鞘に納め、楕円盾オーバルシールド付きの籠手を構えた。




 やがて重々しい響きを立てて岩人形ロックゴーレムは床に倒れた。生き残った人間ファールス達の激しい息遣い、激闘の残滓ざんし、地下室に訪れる静寂……


 その中でザックさんが歩み寄ったのは、床に残されていたミルカさんの遺体ではなかった。いくつかの調度品にまぎれて壁に掛けられていた白銀色の杖、それを手に取った男は低くつぶやいた。


「ふふふ……これだ、間違いない」


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