叡知の杖(三)

 イスマール侯国北東部、青くぐレマ湖の中央に突き出た小島。


 砂浜に手漕ぎ船を乗り上げ、引き上げた上でロープで大岩に縛り付ける。ほうけたように見ている私と違ってザックさんの手際は良く、このような探索に慣れていることがうかがい知れる。


 目的の遺跡は手つかずの森の奥、緑の中で静かに風化していた。明らかに人の手が加えられた石材にこけが生えつるが巻き付き、元の形もわからないほど崩れ落ちているけれど、彫り込まれた装飾で造られた時代を特定できるかもしれない。もちろん私にはそんな知識はないけれど。


「あの、ちょっと失礼して良いですか?」


「ん? どうしたのリージュ、おしっこ?」


「もう! そういうこと言わないの!」


 頬を膨らませるリージュは私の手を引いて大きな石柱の陰に隠れた。大胆にも私の目の前で旅服のズボンを下ろすのかと思ったものだがそうではなく、彼女は可愛らしい口の前に人差し指を立てた。


「あの人、怪しいよ。気をつけて」


「あの人ってザックさん? どこが?」


「おそらく亡くなっている人の遺品探しの報酬が二〇〇万ペタは高すぎるよ。それに魅了耐性の護符アミュレットだって最低でも五十万ペタはする。それだけの費用をかけて、危険をおかしてまで欲しいものがあるんだと思う」


「え? 古代の遺跡なんだから、財宝とかあるんじゃないの?」


「あるか無いかわからない財宝を探すのに二五〇万ペタもかけないよ。もしあるとわかってるなら行政府に報告して情報提供料をもらうか、護符アミュレットをたくさん用意して大勢で来るはずだもの。それに……」


「まだあるの?」


「私が魔法を使えると知ったら急に警戒しだした。こっちも気をつけた方がいいと思う」


 そうなのかなぁ、と首を傾げる。どうやら私は人を疑うということが苦手なようで、よく飲んだくれエブリウス師匠に呆れられたものだ。「この世で一番恐ろしい妖魔は人間ファールスだ。覚えておけ」と。




 そのザックさんは倒れた石柱に腰を下ろしていたが、小用・・から戻った私達を見て腰を上げた。特に変わった様子は見られないけれど、気をつけろと言われてみると急に怪しく見えるから不思議なものだ。


「ここから入るぞ。頭をぶつけないように気を付けろ」


 そう言って入って行ったのは大人一人がやっと通れるような空間。その奥は真っ暗で、ザックさんが持つ洋燈ランプの灯りが下に消えていったところを見ると下り階段があるのだろう。続いて私達も地下に潜ると、階段を下りた先には広大な空間が広がっていた。


「天に瞬く光の精霊、来たりて闇を照らせ。【照明ライト】」


 リージュが持つ木の棒の先に白い光が宿った。改めて魔法ってすごいなあと思う、ザックさんが掲げる洋燈ランプとは比べ物にならないほど強い光だ。これだけでも魔術師が様々な場面で重宝ちょうほうされている理由がわかる。


「リナちゃん、また口開いてるよ」


 その声に慌てて半開きにしていた口を閉じた。どうやら私はぼんやりすると口元が緩くなってしまう癖があるらしく、師匠にもよく「その間抜け顔はやめろ」と注意されたものだ。なんだか自分の未熟さを自覚するたびにあの無精髭ぶしょうひげの顔が浮かんでしまう、私はひとつ頭を振ってその髭面ひげづらを追い出した。




 ザックさんの洋燈ランプが柔らかな光で、リージュの杖にかけられた【照明ライト】の魔法が硬質の光で、それぞれ遺跡の地下空間を照らし出す。地上に比べて地下の風化は緩やかなようで、ほぼ原形を保ったままの石材が床や壁を成している。


 古代遺跡といえば魔法の道具や武具が保管してあったり、古い時代の金貨が埋まっていたり。ただし罠や守護者がそれを守っている場合も多いため、遺跡の探索を専門に行う勇者もいるほどだ。

 だから普通ならば胸が高鳴って当然なはずなのだけれど、どうしてもリージュとザックさんの様子が気になって仕方ない。本当にこの人は怪しいのだろうか、何かを企んでいるのだろうか……


「あ、あの! ザックさん、お菓子食べます!?」


「!? いや……今はいらないぞ」


「そうですか! クッキーあるけど、リージュはどう? おなかすいたら言ってね? あはははは、はは……」




 右側からザックさんの困惑したような視線が、左側からリージュの冷たい視線が突き刺さる。いくら場を取りつくろうためとはいえ、どこにこんな真っ暗な地下空間でお菓子を広げる人がいるというのか。つくづくこのおつむの弱さが情けなくなる私だった。


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