叡知の杖(一)

 かくして私とリージュの借金返済のためのお仕事が始まった。


 農村近くの洞窟に巣食った小鬼ゴブリン討伐、都市間を往復する隊商の護衛、山賊団を討伐する正規軍の補助、勇者という称号とは何の関係も無い農作業や土木工事まで。リージュは魔法が使えるため待遇の良い仕事に就くこともできるのだが、それでは時間を制限されて私の補佐に支障が出てしまう。短期間で多額の収入を得るにはやはり危険に身を晒すしかないのだ。


 だが約八〇〇万ペタに加えて私以外の被害者三人に対する慰謝料が一五〇万ペタ、合わせて一千万ペタに迫る金額だ。そう簡単に返せるものではない。

 それにメルちゃん、サリオ君、エルロン君、三人の弟妹まで農作業の手伝いなどを始めたというのに、あの母親は何だかんだと理由を付けて働かない。さすがに少しお酒の量は減ったような気がすると言うけれど……




「ふう、なかなか貯まらないね……」


「でもあと半分だよ! 頑張ってるよね私達!」


 今日も仕事を終えて、行政府にお金を届けて領収書をもらう。

 これまでに返したお金は約四五〇万ペタ。百五十日ほど必死に働いてきたけれど、それでもまだ半分に満たない。一年間という返済期限に間に合うかどうか微妙なところだ。


 私は見ての通り元気いっぱいなのだけれど、リージュが目に見えて痩せてきたのが気になって仕方ない。

 人もうらやむほどつややかなはずの銀髪もろくに整えていないし、ずっと同じ地味な旅服を着ている。心身の疲労もあると思うけれど、それ以上に少しでも食費や雑費を削ろうとしているのではないだろうか。期限内にお金を返すのは大事だけれど、そのために体を損なってしまっては元も子もない。この子のためにも何か割の良い仕事は無いだろうか……




 そんな思いでページをめくっていた依頼書の中に珍しいものがあった。勇者に対する派遣依頼はほとんど妖魔討伐や護衛といった仕事なのだが、これは『ある勇者が遺跡で命を落とし、その際の仲間であった者が遺品を回収するための同行者を求めている』という一風変わったものだった。


 報酬は二〇〇万ペタ、しかも現地までの移動や宿泊、食事などの必要経費も負担してもらえるという。これほど良い条件ならば希望者が殺到していてもおかしくないのだが、窓口に問い合わせてみると今のところ応募者は無いらしい。リージュに指摘されてよく見てみると、備考欄に『道中に人魚セイレーンが出現する恐れがあるため女性のみ、二名まで』と書いてあった。


「どうして人魚セイレーンが出ると男の人は駄目なのかな」


人魚セイレーンの歌声には男性に対して魅了の効果があるの。船を操る人を誘惑して巣に引きずり込んで、食べちゃうらしいよ?」


「うええええ……」


 それは怖い。人魚怖い。でも今日の稼ぎは私が水路の補修工事、リージュが道具屋の店番で、二人合わせて一万六千ペタ。そこから生活費を差し引けば返済に回せるのは八千ペタがいいところだ。

 ここで二〇〇万ペタという大金が手に入れば一気に完済に近づく。やつれ気味のリージュに美味しいものを食べさせてあげることができるし、おまけに人魚セイレーンを倒せば追加の報酬がもらえるに違いない。


 善は急げ、即断即決、即実行。私達は依頼者に即日の面会を希望した。


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