凡才勇者と秀才補佐(四)

 遠目にも黒光りする威容。木と黒花崗岩を組み合わせて作られた司令部施設は、市郊外にある広い敷地の中でも一際目立っている。


 イスマール侯国軍ロッドベリー駐屯地、このような軍事施設に立ち入ることができるのは勇者としての特権だ。とはいえ私服の女性というだけで目立ってしまうのだろう、案内役の女性兵士が同行してくれている。


「ええと、リットリア副司令……じゃなかった、参謀長さん? にお会いしたいのですが……」


 それがここを訪れた目的だった。以前ロッドベリー砦の副司令官を務めていたリットリアさんがここに異動してきたと聞いて頼ることにしたのだ。

 特に親しいわけでもないどころかむしろ怖いのだけれど、相談できるような人など他にいなかったし、この人なら何とかしてくれそう、という自分でもよくわからない理由からだ。ついでに言えば砦の副司令官と駐留軍参謀長という役職はどちらが上なのか、私にはよくわからない。


 ともかく案内された司令部施設の執務室にて、私は目的の人に話を聞いてもらうことができた。




「すみません、軍とは関係ないお話だとは思うんですが、他に頼れる人がいなくて……」


「なに、参謀などという役職は暇を持て余すものだ。しかし『飲んだくれエブリウス』とはな、よりによって呆れた苗字みょうじを選んだものだ」


 くっくっ、と喉を鳴らすような笑い方をするリットリア副司令……じゃなかった参謀長。そういえばこの人が笑ったところは初めて見た気がする。


 改めて見なくても濃紺色の軍服が良く似合う妙齢の美女だけれど、どうにも他の服装をしているところが想像できない人だ。普段はどんな格好をしているのだろう、可愛らしいスカートにフリルトップスなどを着たこの人と町ですれ違ったら二度見してしまうかもしれない、などと思ったのはきっと失礼なことだ。


「色々ありますけど、私は尊敬しています。そういえば師匠とはどのようなお知り合いなんですか?」


「ああ、軍学校の同期でな。腐れ縁と言うのも馬鹿馬鹿しいほどの付き合いだよ。それでどうした」


 意外にも親しく、それも柔らかな笑みを浮かべて、珈琲コーヒーまでれて迎えてくれたことに驚きつつ、それ以上の質問を避けるかの様子にちょっと戸惑った。


「……という事情なのですが、どうしたら彼女を助けてあげることができるでしょうか?」


「ふむ……なかなかに難題だぞ、これは」




 補助員として雇ったリージュが私のお金に手を付けたこと、それに加えて彼女が抱えている事情を話してはみたものの、やはり事はそう簡単ではなかった。


「それが事実だとすれば、その者は他にも盗みを働いているかもしれん。さらにはもし魔法を犯罪に使っていれば罪が加算されるぞ。件数と金額によっては流刑か、悪くすれば利き腕を切り落とされるかもしれん」


「そんな……」


 そうなのだ。私が知る限りでも【開錠アンロック】、【睡眠スリープ】など魔法には悪用が可能なものが多数あり、それを犯罪に使用すれば罪が一段階、二段階と加算されてしまう。魔術師が尊敬されると同時に恐れられているのはこういった事情からだ。


「本当にその者を友だと思うならば自首させることだ。他に道はない」


「そう、ですよね……」


 リットリアさんの言葉は冷たいようだが、確かに他の道など無い。既に犯してしまった罪は償うしかないのだ。

 でもあの子が、あの聡明で控え目なリージュが犯罪者として裁かれてしまうなんて。一人で家族を背負う優しいお姉ちゃんがいなくなったら、残された弟や妹はどうなってしまうのか……そう思い視線を落とすと、珈琲コーヒーの黒い水面に泣きそうな少女の顔が映し出された。


「多くの者が勘違いしているようだが……」


 その声に顔を上げる。女傑、鉄血などと渾名あだなされる人が私に向ける目は、限りなく優しかった。


「勇者とは妖魔を打ち倒す力のある者ではない。行動によって民衆に光を示し、まことに人を思いやることができる者、私はそう理解しているよ」




 そして翌日。借りている宿の一室で私に問いただされたリージュは、あっさりとお金を盗んでいたことを認めた。項垂うなだれつつもどこか安堵あんどしたような表情を見せたところを見ると、自分が犯した罪に耐えられずにいたのかもしれない。


「リナレスカさんは私を信じてくれたのに、裏切ってしまってごめんなさい。これからすぐ行政府に行きます、今までありがとうございました」


「待って! 私も一緒に行く。あなたが抱えてる事情も知ってるから、絶対悪いようにはしないから。それから前に言ったよね? 友達なんだから敬語も、さん付けも禁止」

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