凡才勇者と秀才補佐(三)
「もう五万ペタしか残ってないの!? そんなに使ったっけ!?」
「すみません……」
多少贅沢をした自覚はある。依頼達成の日は高級宿に泊まったし、夕食の際には
「あ、リージュを疑ってるわけじゃないよ? ちょっと使いすぎちゃったかなーって」
「……」
頭を掻いてごまかす私を上目遣いに見て、彼女は目を伏せた。私の脳みそは決して褒められたものではないけれど、計算ができないほどの馬鹿というわけでもない。それにこの子、動揺を隠すのは決して上手くない。
「まあいいや、今日は俸給が入るんだし。行政府に行こうよ」
「はい……」
そして数日後。ロッドベリー市から頂いた俸給三十万ペタも半減するに至って、私は行動を起こすことに決めた。
多少お金が減るのはいい。管理を任せたのは私だし、先日の百万ペタはほとんどリージュの力で稼いだようなものだ。
でもこれでは際限がない、きっとこの子は何か事情を抱えている。泥棒をするには嘘をつけない性格のようだし、あれほど優秀な魔術師ならばもっと割の良い仕事に就いていてもおかしくないのだから。
心配ないよ、また一緒にお仕事しよう!と言って笑顔を作ると、リージュは心から申し訳なさそうにまた目を伏せた。
図書館に行くと言って出て行ったリージュを、私は密かに尾行した。
二年間の師匠との旅で身に着けたのは剣術や格闘術ばかりではない。尾行、潜伏、馬術、生存術、情報収集術。ちゃんと教えてくれたものは一つも無いのだけれど、『習うより慣れよ』という師匠の方針は私に合っていたのかもしれない。
彼女が向かったのはやはり図書館などではなかった。市の外周に近い住宅街、というのは現実に比べて綺麗すぎる表現だろう。陽の差さない路地、水溜まりだらけの地面、そこらじゅうに張り巡らされた洗濯物、裸足で駆け回る子供達。
長い銀髪の少女はその一角にある崩れかけた集合住宅に入ろうとして、入口で待っていた男に呼び止められた。少女が何度も頭を下げ何かを手渡すと、舌打ちしつつ男は去っていった。溜息をつき肩を落として建物の中に入る少女、それを見た私は気配を探りつつ裏手に回った。
「リージュ、あんたはいい子だよ。これでこの子達も幸せに暮らせるってもんさね」
「……はい」
一階の部屋から聞こえてきたのは野太い女性の声と、対照的にか細い声。雑草が生い茂る裏手から中を窺うと、恰幅の良いおばさんと三人の子供、それから身を縮めて目を伏せるリージュ。
「ちょっとあたしは外に行ってくるからね。あんたたちは家で待ってなさい」
「……あの!」
意を決したような声、張り詰める室内の空気、これから起きることを悟ったかのように身を固くする子供達。
「お母さん。もう、つけでお酒を飲むのはやめてください。お金を出して買う分なら私が稼ぎますから。今お仕えしている勇者様は本当にいい人で、私のことも信じてくれて。だからもう……」
「生意気言ってんじゃないよ!」
窓の外の私まで耳を塞ぎたくなるほどの大声、何かが割れる音。何度も何度も響く重い音は、もしかして誰かに何かを叩きつけている音だろうか。
「まったくなんて子だい! 魔法学校まで行かせてやったのに、この恩知らずめ! いくらかかったと思ってるんだい!」
荒々しく閉められる扉、子供達の泣き出す声、それを
「大丈夫だよ、お姉ちゃんがいるからね。さあ今日はじゃがいものポタージュを作ろう、明日の分までたっぷり作っておくからね。お姉ちゃんとたくさんお話ししよう」
翌朝。待ち合わせの時刻通り行政府の前に現れたリージュは、長い前髪で目のあたりを隠すようにして頭を下げた。母親に殴られて腫れ上がった顔を見せたくないのだろう。
そんな彼女にまず私がしたのは、おはよう! と元気良く挨拶することだった。涙を
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