凡才勇者と秀才補佐(二)

 行政府に紹介してもらったリージュちゃんの身分は『勇者補佐』、つまり私の活動全般を手助けするお仕事。その対価は私の報酬から出すことになるため、今まで以上にお金を稼がなければならない。




 ならばとばかり即日引き受けた妖魔討伐依頼で、彼女は早速さっそくその有能さを余すところなく発揮した。

 依頼書を見て必要事項を窓口に確認、現地までの地図を入手し乗合馬車を予約、出発時刻までに必要な買い物を済ませて勇者割引を申請。プルケ村という依頼先に向かう馬車の中で今、私達は可愛らしいお弁当を広げている。

 レタス、パプリカ、ポテトサラダ、蒸し焼き豚肉ローストポーク、色とりどりの具材を挟んだバゲット。それも仕切りのある箱で別々に保存しておいて食べる直前に挟めるという周到さで、私はすっかりこの子に胃袋を掴まれてしまった。


「ええと、目的地のプルケ村というのは、五十戸ほどの小さな農村です。ルルリス川の東岸にあり稲作が盛んです」


「へー……」


「以前はよく洪水に悩まされていたのですが、五十年ほど前に遊水池と堤防が整備されてからは被害が少なくなったようです。工事を指揮したのは『治水卿』と呼ばれたウリエラ卿です」


「ずいぶん詳しいんだね?」


「ふふ、実は張り切って昨日調べました」


 持参した資料に落としていた視線を私に向け、照れ笑いする表情が可愛らしい。

 小柄なためかずいぶんと幼く見えるけれどこの子は十七歳、私と一歳しか違わないという。それにしては随分としっかりしていて地理や歴史に関する知識も豊富、各種手続きや旅にも慣れている様子。これで魔法まで使えるというのだから、称号持ちの私なんかよりもずっと勇者らしい。


 ただ、少々みすぼらしい身なりが気になると言えば気にならなくもない。衣服は多くの魔術師が愛着するという外套ローブではなく着古した旅服だし、手にする杖もただの木の棒を加工したものだ。姿だけならとても魔術師には見えず、幼すぎる容姿のためか旅人にも見えない。裏町の貧しい村娘、というのが多くの人が受ける印象ではないだろうか。




「ではお話をまとめますと、付近の森に棲みついた小鬼ゴブリンは十匹程度。リュッケさんという猟師の方に案内をお願いすれば良いのですね?」


 リージュちゃんの有能ぶりはとどまるところを知らず、現地に着くとよぼよぼの村長さんから聞いた長い長いお話を要約し、猟師さんに道案内を頼み、あっという間に妖魔討伐の手筈てはずを整えてしまった。

 その間私はといえば口を半開きにして阿呆あほうみたいに立っていただけ。これではいくら何でも勇者である私の立場がない、せめて小鬼ゴブリンの数匹でも斬り倒さなければ、そう思っていたのだけれど……


「貪欲なる火の精霊、我が魔素を喰らいその欲望を解き放て! 【火球ファイアーボール】!」


 見敵必殺。緑色の表皮に邪悪な容貌をした小鬼ゴブリンという小型の妖魔の集落を見るや、彼女は中級以上の魔術師にしか使えないという大規模攻撃魔法を放ち、僅かに残る残雪もろとも瞬時に壊滅させてしまった。私の仕事はといえば逃げる妖魔を二匹仕留めただけ。極めてあっさりと妖魔討伐依頼を達成した私達(?)はロッドベリーの行政府に戻り、報酬の百万ペタを手に入れた。




 頼もしすぎる相棒を得た私は奮発して高級宿に部屋をとり、報酬を山分けして豪華な夕食に麦酒エールで乾杯。分厚い鉄板に載せられた羊肉のグリルをつついてすっかり上機嫌だ。


「いやあ、すごいねリージュちゃん。私なんてぼけーっと見てるだけだったよ」


「いえ、お役に立てて幸いです」


「そんな丁寧な言葉遣いしなくていいよ。それから私のことはリナって呼んで、これから長い付き合いになるんだから」


「うふふ、ありがとうございます、リナさん」


「敬語も、さん付けも禁止!」


「はい、リナちゃん」


 まだ十七歳のリージュちゃんと一緒にお酒を飲めないのは残念だけれど、楽しそうに勧めてくれるので少し飲みすぎてしまった自覚はある。良かったらお金の管理は私がしましょうか、と言われて鷹揚おうよううなずき、お金を渡したのも覚えている。しかし……




 数日後。百万ペタあったはずのお金が、ほとんど無くなっていた。

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