勇者リナレスカ・エブリウス(四)

 大陸歴二一七年二四〇日。


 イスマール侯国北方の中心都市ロッドベリー。その市街地を見下ろす太守の館の大広間にて、一人の勇者を任命する式典が執り行われた。


 十七歳という年齢に比べてはやや幼く、まだ少女の面影を残すその勇者は緊張のあまり震える足で深紅の絨毯じゅうたんを踏みしめ、かくんと力が抜けたように膝を着く。


 痩せて神経質そうな太守が差し出したのは勇者の証、その名前とロッドベリー市の紋章を刻んだ銀のプレートを首飾りに加工したものだ。


 それを首に掛けられた瞬間、ロッドベリー勇者リナレスカが誕生した。少女はこの町と砦を含む周辺地域で『勇者』を名乗ることを許されたのだ。




「立ちなさい、勇者リナレスカ……姓は何といったかな」


「はい、ありません!」


 私は田舎村で生まれ育ったゆえに姓を持たない。ルゼ村のリナレスカといえば通じていたし、それで不便は無かったからだ。


「ではこれを機に姓を定めなさい。記録を残すのに必要だ」


 このような例は稀にあるらしい。姓を持たない者が必要になった際に定め、以降の子孫はそれを名乗るというものだ。私は少し戸惑ったけれど、すぐに一つの単語を思い浮かべた。


「では……エブリウス飲んだくれ


エブリウス飲んだくれ、だと? それで良いのか?」


「はい!」


「よかろう。勇者リナレスカ・エブリウス、今後の働きに期待する」




 こうして大きな目的を達した私は、二年間お世話になった師とここで別れることになった。

 うらぶれた容貌で、ぶっきらぼうで、お酒ばかり飲んでいる姿しか浮かばないけれど、私の理想の勇者様とは全然違うけれど、でも人々に希望の光を灯す本物の勇者。


「はっきり言うぞ。お前に剣の才能はねえ、体格もねえ、魔法も使えねえ、頭も褒められたもんじゃねえ」


「わかってますよ、そんなこと!」


「最後まで聞け。だから最強やら無敵やら、そんなものを目指すな。阿呆だからって考えることをめるな。自分よりつえぇ奴に出会ったら逃げろ。つえぇ奴にしかできないことがあるように、凡才のお前にしか見えねえものが必ずある。そいつを大事にしろ」


「……」


 まるで私のことを認めてくれたかのような、私を心配してくれたかのような、あまりにも意外な言葉に口を半開きにしてしまった。


「十八歳になって俺に酒をおごるまで死ぬんじゃねえぞ、悪い男に騙されんなよ、訓練さぼるんじゃねえぞ、それから……」


「まだあるんですか!?」


「……お前なら理想の勇者様ってやつになれるんじゃねえかと、俺は思ってる。じゃあな」


 ずるい。この人やっぱりずるい、言うだけ言って背中を向けるなんて。こんな恥ずかしい言葉を投げつけておいて顔を見せてくれないなんて。だから最後にちょっとした復讐を思いついた。




「今までありがとうございました、ジークフリードさん!」


 勇者『飲んだくれエブリウス』はその声に立ち止まって振り返り、見たこともない照れ笑いを浮かべた。


「その名前はやめろ、恥ずかしい」




 ◆


 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。身に余るほどのハート、星、コメントを頂きまして嬉しく思います。


 ひとまず『勇者』の称号を得たリナちゃんはこれから広い世界に飛び出しますが、そこには才能の壁や恐るべき妖魔、人の悪意が待っています。

 それでも理想の勇者を夢見て走り続ける『凡才勇者』リナちゃんとその物語、引き続きよろしくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る