勇者リナレスカ・エブリウス(三)

 石ころだらけの山道を駆け下り、足元に夏草をちぎり飛ばして草原を駆け抜け、守備隊と交戦中の魔軍モンストルに右後方から接近。


 敵軍は推定百匹弱、彼我ひがの距離は目測で約八十メートル。こんな距離、私なら十まで数える時間もいらない。小剣を逆手に引き抜いて五歩まで迫ったとき、ようやく間近の小鬼ゴブリンが振り返った。


「遅い!」


 その緑色の首筋に刃を当て軽く滑らせる。いちいち振り返ることはせず次の妖魔の横腹を裂く。敵中を縫うように駆け抜け、時折り小剣を振るう。たいした手応えは無いが今はそれでいい。私の任務は敵を倒すことじゃない、大事なしらせを味方に届ける、ただそれだけだ。




 速度スピードに任せて敵陣を一文字に貫き村に接近、そのまま防壁にたどり着いた。張り巡らされたほり、胸の高さまで積まれた土嚢どのう袋、大人の身長ほどもある木柵。でも今の私にとっては大した障害じゃない。


伝令クルソール! 伝令クルソール! 飲んだくれエブリウス小隊より伝令!」


 一息にほりを飛び越えて土嚢どのう袋に足を掛け、唖然とする兵士さんの頭上を失礼して、木柵を蹴りつけ体を跳ね上げて先端を掴み宙返り。声もなく兵士さんと村人が見守る中に降り立った。


 格好をつけたわけじゃない、いやそれもちょっとあるけれど、私なりに効果を計算してのことだ。

 戦いには士気モラルというものがある、時機タイミングというものがある。適切な局面で効果のある行動をとれば、時として無双の勇者が現れたような戦果を生むことがある。そして今がその時だ。




飲んだくれエブリウス小隊より伝令! 勝利の美酒を用意せよ、俺の分も残しておけ! 繰り返します、勝利の美酒を用意せよ、俺の分も残しておけ! 以上です!」




 数瞬の空白、次いで噴き上がる歓声。兵士が槍を突き上げ、農民が拳を握り、母親が子供を抱き締め歓喜の涙を流す。


「聞いたか! 飲んだくれエブリウスが来るぞ、さっさと片付けて奴の分まで飲み尽くしてやれ! 総員突撃アッサート!!」


総員突撃アッサート!!」


 ラムザ小隊長の号令に村じゅうが唱和。この瞬間、戦況は一変した。


 かんぬきが外され、木製の門が外に向かって開かれた。老女も子供も石を拾って投げつける、婦人が藁箒わらぼうきを持って駆けつける、農夫がくわを手に走り出す。守備隊に続いて村人までもが猛然と飛び出していく。

 さらには突然の逆襲にひる魔軍モンストルの後背を飲んだくれエブリウス小隊が強襲。悲鳴を上げる魔兵レム魔兵長レムス魔軍長レムレスも、一匹残らず熟れすぎた柿のような末路を辿った。




「よくやってくれた、飲んだくれエブリウス


「礼はいい、それより例の件はどうだ?」


「よかろう、手配しておく」


 魔軍モンストルを破りロッドベリー砦に戻った私達は歓呼の声に迎えられ、勇者『飲んだくれエブリウス』はまたしてもその名声を増したようだ。


「リナレスカ、前へ!」


「はい? ……はい!」


 何だかんだ言ってこの人はすごいんだなぁ。と間抜け顔で口を半開きにする私を、リットリア副司令が呼びつけた。一瞬それとわからず気の抜けた返事をしてしまい、慌てて言い直す。


「貴君の働きに感謝する。貴君さえ良ければロッドベリー市において勇者と認定するよう推薦するが、どうか?」


「はい? ……はい!? 私が、勇者に!? どうして!?」


「二年間の勇者補佐としての実績、クルケ村での特筆すべき活躍がその理由だ」


「活躍? 私が?」


「戦機を心得、伝令クルソールとしての役割を十二分に果たし戦局をくつがえした。英雄的行動と私は評価するが、不服か?」


「い、いえ! ありがとうございます!」


 幼かったあの日から勇者様に憧れ、ずっと夢見ていた私だ。もちろん嬉しい、嬉しいけれど、突然の申し出と副司令の威圧感に混乱するばかり。私はもう砦の兵士でも伝令兵クルソールでもないというのに、つい直立不動で敬礼してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る