アイサ村の模倣魔人(四)

 郊外にて下位悪魔レッサーデーモン模倣魔人ドッペルゲンガーを残らず討ち果たした私達はその首を村人達に示し、村はずれに埋めた。

 これは討伐の証拠を示す必要があったし、同時にそんなものを村の外まで持ち運ぶわけにはいかなかったからだ。




飲んだくれエブリウス』という勇者をそれと認定したのはイスマール侯国。つまりこの人はその勢力圏内において、宿泊・食事・装備品の提供や割引、有力者への謁見、軍事施設への立入など様々な恩恵を受けることができるということだ。そしてその費用は各町の行政府を通じて、最終的には侯爵家が負担する。そういった『勇者』を、侯国は他に十数人抱えているという。




「さすがだ、ジークフリード殿!」


 そう言って勇者『飲んだくれエブリウス』を親しく出迎えたのは、当主オルブレヒト・アウル・イスマール侯爵。


 痩せ気味で背が高い白髪のご老人だ。私はもちろんこの邸宅にお邪魔するどころか侯爵様のお顔を見るのも初めてなのだけれど、豪奢ごうしゃな絹服ではなく機能的な詰襟シャツを着ていること、身分の違いに関わらず出迎え両手で手を握っていることから、気さくな人物であるという印象を受けた。


 それよりも何よりも驚いたのは、この人の名前だ。誰もが『飲んだくれエブリウス』と呼んでいるので私も慣れてしまっていて、そんな似合わない……いや、格好いい名前だとは知らなかった。


「これは俸給と報奨金だ。受け取ってくれたまえ」


 そう言って黒檀こくたんのテーブルに載せられたのは、いかにも重そうな布袋。じゃらりという音がその中身を物語っているけれど、貧乏人の私にはどれほどの金額なのか想像もつかない。そんな私のためでもなかろうが、侯爵様は内訳を記した紙を用意してくれていた。




 ・一〇〇日分の俸給、一〇〇万ペタ

 ・下位悪魔レッサーデーモン討伐、五〇〇万ペタ

 ・模倣魔人ドッペルゲンガー六体討伐、六〇〇万ペタ

 ・特別褒賞 一〇〇万ペタ




 特別褒賞はアイサ村の村人に新たな被害が出なかったためとの事で、しめて一三〇〇万ペタ。私など見ただけで目がぐるぐる回ってしまうほどの金額だ。よくわからないけれど、一人だけならたぶん数年は遊んで暮らせてしまうに違いない。


「いやあ、俺が持ってると使っちまうので、一〇〇万だけ貰えませんかね。あとは預かっといてください」


「わはははは、確かにな。ではわしが預かっておこう」




 こうして邸宅を辞した飲んだくれエブリウスさんは、その名の通り酒場へ直行。

 夕刻と言うにもまだ早い刻限、外から見ただけで高級とわかるきらびやかな店構え、華やかな民族衣装を着た接客係ウェイトレス。まだお酒が飲めない私も夕食を摂るためにお邪魔したものの、落ち着かないことはなはだしい。


「どうした、好きなもん食え」


「ええっと、どれも高すぎて。いくら一〇〇万ペタあるって言っても……」


「あん? こんなもん三日で使っちまうだろ」


「そんな馬鹿な!」




 私なんて一〇〇万ペタという金額でさえ今まで見たこともなかったというのに、この人は一体何なんだろう。言いたいことはたくさんあるけれど、それよりも聞きたいことがある。私は運ばれてきたオムライスに手をつけず、まず先に尋ねた。


「あなたは何者なんですか? 剣術も、戦術も、情報収集の方法も、どこで学んだんですか? その剣はどこで手に入れたんですか?」


「さあな」


 まず手始めにと麦酒エールあお三十路みそじ男。どう見ても腕利きの勇者には思えないこの人がどのようにして力と地位を得たのか、どうしても知りたい。


「お願いします、教えてください。私、どうしても勇者になりたいんです!」


「嫌だね。技術を教えてもらうにはそれなりの対価が必要ってもんだ」


「どうすれば良いんですか」


「それを自分で考えねえからガキだってんだ。お前、俺について来りゃあ剣でも何でも教えてくれると思ってたろ」


「それは……」


「剣術一つとっても、教本を買うにも道場に通うにも金が必要だ。そうしたいなら金を出せ、手っ取り早く戦場に立つなら命を賭け台カウンターに載せろ。何もせず金も出さず、誰かのおかげで強くなろうなんて甘ぇんだよ」


 その言い方に頭にきた私はオムライスをかき込んで部屋にこもってしまったけれど、後になって反省した。何もかもあの人の言う通りだ、また私は甘ったれた考えで子供みたいなことをしてしまった……。




「いやあ、すんません。もう使っちまったんで、もう一〇〇万もらえませんかね」


 ……だが、一〇〇万ペタという大金を本当に三日で使ってしまった『飲んだくれエブリウス』は、へこへこと頭を下げて侯爵様に預けたお金をもらっていた。私はこの人を尊敬して本当に良いのだろうか。

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