アイサ村の模倣魔人(一)

 ロッドベリー砦をって三十日余り。師と定めた『飲んだくれエブリウス』という通り名の勇者さんは、やっぱり毎日飲んだくれている。


 このアイサという田舎村に着いたのは四日前だというのに、この人は有力者と談笑したり村人と世間話をしたり、夜は酒場に入り浸るばかりで何もしていない。ついでに言えば訓練もしていないし、私に剣術を教えてくれるわけでもない。本当にびっくりするほど何もしていないのだ。




「あの! この村には何をしに来たんですか!?」


「そのうちわかる」


「いつもそうやってごまかして! ここに来る前から三十日も遊び歩いてばかりじゃないですか!」


「うるせえな、黙ってろ」


「暇ならせめて剣術くらい教えてください!」


「甘ったれてんじゃねえ。生き残りたけりゃ自分で考えろ」


 灰色の頭髪、三十路過ぎという年齢にしては多い若白髪、無精髭ぶしょうひげに着崩した軍服、相変わらずぶっきらぼうな態度。でも何故だか村人の評判は良く、僅か四日の滞在ですっかり馴染んでしまっている。ただろくに使いもしない剣だけは鞘まで綺麗に磨き上げられ鈍い光を放っている、なんとも不思議な人だ。




 そしてこの日、私達は完全武装で村はずれの畦道あぜみちを歩いている。そうしろと言われたからだ。


飲んだくれエブリウスさんは長剣に金属製の籠手こて、編み上げの軍靴に厚手の革鎧。私は小剣に薄手の皮鎧という身軽な装備。

 まだ午前の早い時間、村人が朝食を作っている頃だ。いつもなら夜中まで飲み歩いて昼過ぎまで起きないくせに、今日に限って何を企んでいるのだろうか。




 そんな私の頭の中など一切お構いなしに、飲んだくれエブリウスさんは農家の扉をいきなり開け、ずかずかと中に入って行った。驚いて声を上げる暇もない。


「邪魔するぜ。わりぃけど一晩泊めてくんねえかな」


 中にいた若者はさすがに驚いた様子で、でもこころよい返事が返って来た。


「いいですよ。何もありませんが」


「そうかい」


 言うが早いか剣光一閃。抜き打ちに若者を斬りつけ、返す一刀で首をね飛ばした! 座ったままの胴体、ごろりと転がる頭部。


「な、な、何してるんですか! ひ、ひと、ひと……」


「人かよ? これが」


 剣で差し示した先には若者の死体、だが一滴の血も流れていない。それどころか床に転がった頭は真っ白で目鼻も口も無い、それがあるべき場所には三つの空洞があるだけ。


模倣魔人ドッペルゲンガー!」




 模倣魔人ドッペルゲンガー。人間を喰らい、姿と記憶を奪い取ってその者に成り代わるという妖魔。

 元々の体は青白い軟質で、目鼻があるべき場所には小さな空洞。知性や体力は人間ファールスと比べてやや劣るものの日常生活を営むには必要十分で、読み書きまでは難しいが共通語を理解し話すことができる。噂では彼らにそっくり入れ替わられた村があり、訪れた人を残らず殺し喰らってまた入れ替わるという……。


「お前よ。俺がこの三十日間、遊び歩いてるとでも思ったか?」


「……」


 ごめんなさい、思ってました。だがこの人は遊び歩いているふりをしながら何気ない世間話や酒場の会話から情報の欠片をかき集め、この村に模倣魔人ドッペルゲンガーが潜んでいること、誰が怪しいのかをつぶさに調べ上げていたのだ。何も教えてくれないと不貞腐ふてくされて何もしていないのは私の方だった……。


「次だ」


「ま、待ってください! もし間違ってたら……」


「お前、少しは自分の頭で考えろよ。朝っぱらからいきなり入ってきて、泊めてくれって奴を泊める人間がいるか?」


「い、いいえ……」


模倣魔人ドッペルゲンガーに俺達ほどの知性はねえ。この村で会話に違和感を覚えた奴はあと四人だ、万が一を考えて初太刀しょたちは致命傷にならねえように手加減した。他に質問は?」


「……ありません」


「よし、じゃあ次だ」




 それから同じように三体の模倣魔人ドッペルゲンガーを始末した飲んだくれエブリウスさんは、私にその首を運ばせ、中央広場の切り株の上に並べさせた。


 気味が悪そうに遠巻きに見守る村人達、うら若き乙女に何てことをさせるんだと文句を言う私。それらを一切気に留めることなく、無造作に歩きだす三十路男。


「行くぞ」


「ど、どこへですか!?」


魔軍長レムレス狩りだ」


「うええええっ!?」


 相変わらず何の説明もなく、ぶっきらぼうな師匠はそれだけを告げた。

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