第5話 出会い
12月26日
翌朝、目が覚める。夜更かしをしたものの、いつも6時前には起きる習慣があるので、問題なく起きることができた。
静かな剣道場での朝稽古が始まった。おじいさまとの稽古中、昨夜のゲームでの出来事を思い出していた。その時の、自分の体が自分のものではないかのような感覚。
集中を欠いた瞬間、おじいさまの動きが鋭くなり、気づいたときには既に彼の竹刀が自分の頭部に当たっていた。一本を取られてしまう。
「集中」
おじいさまの厳しい声が響き渡る。
「心がここにないと、技の何もかもが崩れる」
顔を上げて、おじいさまの真剣な瞳を見た。その瞳には厳しさだけでなく、愛情も感じられた。
おじいさまが少し顔を傾けて、深い眉間のしわを増やしながら言う。
「何か考え事をしているのか?」
「はい、昨夜のゲームのことを考えてしまって……」
少し驚きつつ、頭を下げて返事をする。
すると、おじいさまは少し笑い、
「ふむ……その話は朝食のときにでも聞こう。稽古中は、そのようなことを忘れて、全力で向き合うことだ」
と答えてくれた。
稽古を終え、私は剣道場を出て家のキッチンへと向かう。すでに炊き上がった白いご飯の蒸気がふわりと香ってきた。
キッチンにはすでにおばあさまがいた。私は鮭の塩焼きを焼き始める。同時に、薄切りの大根と結び昆布をしょうゆベースのだしで煮始めた。おばあさまは冷蔵庫から納豆を取り出し、小鉢に移して醤油とからしを混ぜ合わせてくれた。一緒にわかめと豆腐を使って、みそ汁も作っていた。
朝食ができて、テーブルへ運ぶと、おじいさまの部屋の方から足音が聞こえてきた。おじいさまが手にしていた新聞を持ちながら、リビングに入ってくる。私とおばあさまが顔を見合わせて
「朝食です」
と伝えると、おじいさまはにっこりと微笑み
「ありがたい」
と感謝の言葉をかけてくれた。
「それで、さっきの稽古中、何を考えていたんだ?」
おじいさまが、深い興味を示す目で私を見つめながら問いかけた。
「実は、昨日おじいさまから頂いたゲームで体験したことが頭から離れなくて…」
私は少し照れくさい気持ちを抑えながら話し始める。
「そのゲームの中で不思議な少女に出会いました。その後、ある場面で困ってしまったんですが、おじいさまにどこか似ている人に助けてもらったんです」
おじいさまは私の話に興味深く耳を傾けていた。少し間をおいて、私は追加で言う。
「あと、ゲームの中でアシスト機能がオフになっていて、自分のアバターが思ったように動かせないんです。それが少し難しくて……」
「ゲームのことはよくわからないが、自分の身体能力を超える体を持つのなら、まずはその限界をしっかりと見極めることが大切だ。その上で、それを超えるための訓練を積めば、アバターとやらの動きも自然と身につくだろう」
私はおじいさまの言葉を聞きながら、頷き、「ありがとうございます、おじいさま。頑張ってみます!」と感謝の気持ちを伝えた。
おばあさまも笑顔で
「良い教えをもらったね」
と私を見つめて言う。
私は二人に向かって深くお辞儀をし、
「ご馳走様でした、学校に行ってきます」
学校への道のりは、いつものように静かで平穏だった。人混みを避けながら、私は自分の考えに没頭していた。昨夜のゲームでの出来事やおじいさまの言葉が心に残っていた。
学校に到着すると、いつものようにクラスメートたちが賑やかに話していたが、私は積極的に会話に加わる気はなかった。そんな中、因幡さんが私の机の近くにやってきて、「垂水さん、おはよう!」と元気よく挨拶をする。
「お、おはようございます」
なんなのでしょうか、最近よく話しかけられるような気がします。
今日は2学期の最終日で、午前中の授業が終わり、私は帰ろうとしていた。静かに教室のドアに手をかけたとき、突然背後から因幡さんの声が聞こえた。
「垂水さん!実は昨日から新しいゲームを始めてみたんだ」
私は驚きつつも、その勢いに押されて、
「そ、そうなんですね……」
としか言えなかった。
因幡さんは一瞬私の反応を見て何か言いたげだったが、すぐに「一緒にやらない?」と提案してきた。
その提案に、私はさらに緊張してしまい、「えっと、その……」と言葉に詰まる。
最後にはそのままお茶を濁すように「機会があればお願いします」と曖昧に答え、急いで教室を後にした。
因幡さんの提案を断り、家に帰ると、私はすぐにVRMMO「Ethereal Chronicle」にログインした。ゲームの世界は、現実とは異なる安らぎを与えてくれる場所だった。
たるひ lv:3
Status
種族:妖怪
職業:子狐
HP 135(C)
MP 180(B)
ATK 53(D)
DEF 53(D)
INT 95(A)
MEN 90(B)
DEX 70(C)
AGL 65(C)
LUK 50(E)
スキル
トランス (lock)
狐火 (2)
管狐
狐雨
装備
旅人の和装 一式
木の葉の護符
アルフェンシュタット
ログインすると、私は自分のアバターであるたるひとして、静かな噴水のある広場に現れた。水の音は穏やかに響き渡り、周囲は美しい花々と緑に囲まれていた。
噴水のそばに座り、静かな水音を聞きながら、私は深く息を吐き出した。ここでは、現実の姫華とは違う、もっと自由で、もっと穏やかな自分でいられた。
周囲には他のプレイヤーたちがおり、それぞれが自分の冒険を楽しんでいるようだった。
ログインした私はその噴水の横に座り、ステータス画面を開いて悩んでいる。
「訓練するにしても、近距離武器がほしいです…… レベル3になっていて、スキルポイントが3ということは、1レベルで1ポイントずつ増えるんですか?」
スキルツリーを眺めていると、扇子のアイコンが目に入る。これは近距離武器としてカウントされるのだろうか。
「…刀?」
スキルツリーの一角に、私の期待とは裏腹に、今の私にはちょっと場違いな感じの刀のアイコンがある。剣道の経験を持つ私としては、一度は触れてみたい気もするが、果た
してこれが良い選択なのだろうか。
「2ポイント必要なのですか… 技能のスキルと違って武器のスキルは少し多いのでしょうか?」
決心を固め、刀のスキルを解放することにした。これで、最初に持っていた1ポイントを含めてレベルアップで得た2ポイントもすべて使い切ってしまうことになるが…
「あと、狐火がレベル2になっていることも気になります……」
スキルツリーを閉じ、アルフェンシュタットの中心広場を見渡しながら、今日は何をしようかと考える。
「とりあえず昨日の依頼の続きですかね」
昨日受けた依頼を思い出し、私は再びアルフェンシュタットの郊外の森へと足を運び始めた。
アルフェンシュタット 郊外の森
家畜のような外見に、イノシシを彷彿とさせる立派な牙。
「今日はブタシシがいるじゃないですか!」
昨日のヒヨコの姿はどこにもなく、代わりにブタシシがちらほらと姿を現している。
「狐火は確かレベルが上がると威力が上がったり弾数が上がったりするはずです」
スキル:狐火
効果:狐の基本スキル。使用するたびに、その威力や弾数が向上する。
「威力は変わってないですね。狐火」
右手に狐火が灯る。
「狐火」
左手にも狐火が灯る。
「2発出せるようになったんですか」
両手で狐火を近づけると、二つの狐火が合体し、ぐっと大きな狐火に変わってしまった!
「大きくなりました!威力もあがったんですかね?」
気になった私は近くに固まっていたブタシシ3匹に狐火を投げつけてみた。
今度はあの時と違って上手くいった!
飛んで行った狐火(大)が真ん中にいたブタシシに当たった瞬間、その周辺を巻き込んだ爆発が起きる。
煙が晴れた後、ブタシシは一匹もいなくなっていた。
「は、範囲になってます……」
大体3メートル四方くらいの範囲攻撃ができるようになったのは、非常に喜ばしいことだ。
その後、私は狐火のスキルをさまざまな方法で試してみることにした。
まず驚いたのは、手からだけでなく、体の周囲の任意の場所からも発動できることだ。イメージを集中させることで、その場所から狐火を放つことが可能だとわかった。
さらに、狐火を一斉に放つ方法や、一方を待機させてタイミングをずらして放つ方法もできることがわかった。基本スキルにしてはなかなかに便利なスキルだ。
検証を続けているうちに、私のレベルは5に上がった。依頼の中で牛の乳搾りだけが残っていたので、町に戻ろうとしたその時…
「……けてー」
遠くから助けを求める声が聞こえる。
「誰か助けてー!!」
森の奥から、15匹ものモンスターを引き連れて狼のような耳と尻尾を持つ赤い髪の女の子がこちらに向かって走ってきている。
「えっと、どうすればいいのでしょう……?」
驚きで一瞬固まり、女の子がどうしてこのような状況になったのかすぐには理解できなかった。
「痛くないけど痛い!死んじゃうー!」
彼女が言っていることはよくわからないが、上に見える彼女のHPバーは半分程度まで減っている。
「あまり自分から人とかかわるのは得意ではないですが……」
PT申請の方法を聞いていたので、試してみることにしよう。もう目の前まで来ている女の子の名前を表示させ、タッチした。
「え?え?」
「はやくしてください!」
「あ、うん!」
【めるとPTを組みました】
「組んだ早々で申し訳ないのですが、私もこれを投げて一撃で当てる自信はないので、一緒にダメージを受けてください」
私の左手には、事前に3つの狐火を集めて形成した大きな火の玉が揺らめいていた。彼女がモンスターたちを最後まで引きつける間、私はモンスターたちの中心、彼女の近くへ飛び込む。そして、彼女の足元に力強く狐火を叩きつける。すると爆発が私たちを中心に5メートル範囲で発生した。
狐火(大)で多くの動くモンスターを倒すのなら、これしか方法が思いつかなかった……
「頭がクラクラするよ…… いきなりなにするのもう!」
彼女は笑いながらこちらに話しかけてくる。
「あなたが大勢のモンスターを引き連れてきたのに、どうしろと言うんですか?」
私はあまりの緊張感のなさに、ちょっと笑ってしまう。
「あはは、実は普通に狩りをしていたんだけど、敵を倒しきれなくって……」
彼女は苦笑いしながら説明する。
「この辺り、弱いモンスターしかいないと聞いていましたが?」
「だから、この剣で一匹を倒すのに最低でも5回は必要なんだよ!最初は順調に進めていたけど、回復のためのスキルを使ったら、一気にモンスターたちが寄ってきて……」
彼女は自分でも理解できない様子で話す。
「スキルってどういうものなんですか?」
彼女は微笑みながら、ステータスを表示して、私に見せてくれる。
「えへへ、これだよ」
スキル:私を見て!
効果:このスキルを使用すると、一定の時間、使用者の周りの敵のヘイト(敵の注目や攻撃の対象)を自分に集中させる効果が発動する。さらに、スキル発動時には自己回復の効果も持つ。10秒間にわたり、使用者のHPを3%ずつ、合計で30%回復させる。
「間違いなくこれが原因じゃないですか……」
「あ、あはは、でもあんなに来るなんて思わなくって!」
「結果的には良かったわけですね」
彼女は顔を赤らめて、
「ちょっと面目ないよね……」
と小声で呟く。
彼女の視線が私の尻尾、そして髪の毛に移る。
「あなたの尻尾、そして髪の毛、どちらもすごくモフモフしてるね!触ってもいい?」
「本当に唐突ですね。私はたるひといいます。種族は妖怪で職業は子狐をやっています」
「まだ自己紹介してなかったけ?私はめる!ビーストでアイドルをやっているの!」
彼女は元気に返してくる。
「アイドル……?」
私は驚きの声を上げる。子狐もそうだが、戦う職業とは思えないものだ。
「でもたるひちゃん本当にありがと!死んじゃうかと思ったよ」
「いえ、私は……」
偶然が重なってしまっただけで、たまたま居合わせたのです。他のプレイヤーがいればもっと上手く助けられたかもしれない。
「たまたま居合わせただけで、あんな形で助けることになってしまって……」
「でも、楽しかったよ?私、さっきゲーム始めたばっかりで、あんなことになるなんて思ってもみなかった。でも、たるひちゃんが来てくれて…… うん、すごく楽しかった!」
私は少し考えながら、彼女を見つめる。
「私も……ちょっと楽しかったです。一人でプレイしていたんですけど、誰かと協力するのは新鮮でした」
めるさんは笑顔で言う。
「じゃあ、一緒にプレイしようよ!それで一緒にもっともっと楽しいことを見つけよう!」
その瞬間、私は何かが変わるような感覚を覚えた。姫華ではなくたるひとしてなら、人と関わっていけるのではないかと考えるようになった。現実では人見知りで引っ込み思案の私だが、ゲームという世界でならもっと自由に、もっと積極的になれるかもしれない。
それは私にとっての初めての同年代の友達との出会いであり、Ethereal Chronicleの世界で新しい自分を見つける一歩だった。
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