第312話 海愛の北海道旅行⑪
「わぁ〜すごい……」
「きれいなオホーツク海ですね〜」
浴室のドアを開けた二人の目に飛び込んできたのは、遠くまで広がる美しいオホーツク海だった。
内風呂の海に面している側はガラス張りになっており、お湯に浸かりながらでも景色を見渡すことができる。
天気がよいので視界もよく、目の前に広がるオホーツク海はまさに絶景だった。
「早く入りましょう、海愛先輩!」
「そうだね。急いで体を洗っちゃおうか!」
温泉を前にテンションの上がった二人はまず備え付けのシャワーで体を洗った。
そして湯船のお湯でかけ湯をしてから、ゆっくりと温泉に足を浸ける。
お湯の温度は思ったより高かったが、入れないほどではなかったので一気に全身を湯船に浸けた。
その瞬間、ウトロ温泉のしっとりとしたお湯に体が包まれる。
あまりに気持ちよかったため、二人は完全に脱力状態となってしまった。
「気持ちいいね〜」
「はい〜お湯に溶けちゃいそうです〜」
「オホーツク海もきれいだし、本当に素敵な温泉だよ〜」
やはり冷えた体や疲れた体に温泉は相性バツグンだ。景色もよいので本当に言うことがない。毎日でも入りたくなるくらい最高のお湯だった。
そんなお風呂にしばらく浸かっていると、心葉が何やら真面目な表情で報告してくる。
「……海愛先輩」
「どうしたの? 心葉ちゃん」
「わたし……決めました。将来は画家になろうと思います!!」
「ええっ!? 画家!? もしかして夢ができたの!?」
想定外の報告に驚いてしまう。
だが、それ以上に喜びがこみ上げてきた。
「はい。もちろん簡単ではないでしょうが……やっぱりわたしは絵を描くことが好きだって今回の旅で再認識できたので、画家を目指してみたくなったんです」
数日前まで暗い表情をしていたのが嘘のように、生き生きとした表情で将来の夢を語る心葉。
もう一人でも大丈夫なのかもしれない。
彼女を元気づけるためにここまで一緒に旅をしてきたが、どうやらその目的は果たせたようだった。
「素敵な夢だね……もちろん応援するよ!! 頑張ってね!!」
「ありがとうございます、海愛先輩。……それで、その夢を叶えるためにも四月からまた学校に通おうと思います。いつまでも不登校でいるわけにはいきませんからね。まぁ、クラスメイトたちとうまくやっていけるかは不安ですけど……」
「心葉ちゃん……」
「でもわたし、どうしても自分のアトリエを持ちたいんです! そしていつか個展を開いて自分の作品をみんなに見てもらえたら素敵だなって思ってます。……ただ、そのためには学校に行っていろいろなことを学ぶ必要があります。だから……もう他人の顔色を気にするのはやめて、美術の勉強に専念すると決めました!!」
覚悟は決まったとばかりに凛々しい表情になる心葉。
きっとこの先、彼女は様々な困難に直面するだろう。
今まで不登校だったせいで学校に行けば奇異の目で見られたり、協調性のことでまた心無いことを言われたりする可能性は高い。母親との関係だって何も変わっていない。残念ながら障害は多いと言わざるをえないのだ。
しかし、心葉ならその障害を乗り越えて夢を叶えるのではないかという予感がしていた。あんなに写生に集中する中学生なんて見たことはないし、何より絵を描いている時の心葉はとても楽しそうに見えたからだ。
絵もすでにその辺の大人より上手だし、将来は全国的にも有名な画家になるかもしれない。
彼女の名前が全国的に有名になる日が今から楽しみだった。
「心葉ちゃんの開く個展かぁ……きっと素敵な作品ばかりを集めた最高の展覧会になるんだろうね。個展が開催されたら絶対に見に行くよ!」
「ありがとうございます! その時はわたしのアトリエにも遊びにきてくださいね!」
「うん! もちろん!」
こうして夢を見つけた心葉は、その夢に向かって努力することを誓う。
明るく前向きな気持ちで自身の将来を考えられるようになった心葉を見て、海愛はほっと安堵するのだった。
その後、お風呂からあがり脱衣所で着替えを済ませた二人はウトロ温泉を後にして、知床斜里駅へと戻ってきた。
すぐに電車に乗って網走駅に向かい、そこから特急電車で札幌駅へと引き返す。
やはり北海道は広大だ。知床を出発したのは夕方頃だったが、札幌に着いた時にはすでに23時近くになってしまっていた。
「海愛先輩……ここまでで大丈夫です」
改札を通り、駅の外に出ると、心葉が海愛の目を見つめながら言った。
「自宅まで送らなくていいの?」
「はい。自宅はここから歩いて10分もかからないので平気です」
「そっか……」
どうやら本当に送らなくても問題ないらしい。
少し寂しいが、ここでお別れだ。
「……じゃあ、またね。心葉ちゃん! 一緒に旅してくれてありがとう! 楽しかったよ!」
「わたしも楽しかったです! ありがとうございました! またいつか会いましょう!!」
ぺこりとお辞儀をすると、心葉は海愛に背中を向けて去ってゆく。
「頑張ってね……心葉ちゃん」
海愛は彼女の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。
「さてと……私も明日には東京に戻らなきゃな……」
心葉の姿が見えなくなったため、移動を開始することにした海愛。
今日はもう遅いので札幌にあるビジネスホテルで一泊する。
翌朝になるとすぐにチェックアウトを済ませ、お土産を探した後、札幌駅から電車で新千歳空港へと向かった。
帰りは飛行機で東京に戻る予定なのだ。
「楽しかったな……北海道。またいつか来れるといいな……」
そんなことを考えながら飛行機に搭乗する。
こうして函館から始まった海愛の行き当たりばったりの北海道旅行は幕を閉じたのだった。
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