第313話 桜の咲く小さな公園にて
春休みも一週間以上が過ぎた3月30日の朝。
海愛は北海道のお土産とある物が入った紙袋を持って家を出た。北海道を旅していた頃はまだ防寒対策が必須だったが、3月下旬の東京は北海道と比べれば温かいので、春服姿でも平気だった。
家を出た海愛は桜の花びらが舞う道を歩き、とある人と会う約束をした小さな公園を目指す。
海愛は約束した時間の10分前に公園に到着したが、その人物はすでに公園内で海愛のことを待っていた。
「……あ、柴田君。もう来てたんだ……春休みの最中に呼び出しちゃってごめんね」
その人物・柴田修也のもとへ駆け寄る海愛。
彼は同じクラスの男子生徒だ。昔はまともに話すこともできなかったが、今では気兼ねなく接することができる。
そんな彼を、海愛は今日この桜が咲く小さな公園に呼び出したのだ。
「あ……阿佐野さん!」
修也が海愛の方に視線を向ける。最近は気温も高くなってきたので、彼もまた春服姿だった。
「ありがとね……来てくれて。このあと予定あったりする?」
修也の前で足を止め、今日の予定について訊ねる海愛。男子に慣れてきたとはいえ、さすがに目を合わせることはできなかったため、視線は意図的に逸らしてしまう。
しかし、修也はそんなことなどまったく気にしていない様子だった。
「午前中は特に予定はないよ。それより急に阿佐野さんから連絡が来たからびっくりしちゃったよ……どうして僕の連絡先を知ってたの?」
「連絡先は春休みに入る前に学校で久野橋君に聞いたんだ!」
「あ……なるほど……」
久野橋和輝。修也の親友にして、海愛が気兼ねなく話せる男子生徒。彼に修也の連絡先を教えてもらったから、こうして春休みに呼び出すことができたというわけだ。
「……で、用件は何なのかな? 大事なことだったりする?」
連絡先を知っていた謎が解決したため、さっそく用件について訊ねる修也。
海愛は一度深呼吸をして心を落ち着かせると、手に持っていた紙袋を彼に差し出した。
「うん……大事な用事だよ。これを受け取ってほしいの」
「これって……もしかして北海道のお土産?」
紙袋を受け取った修也が中身を確認する。北海道を旅行するつもりだということは春休み前に彼にも伝えているので、すぐに中に入っているのが北海道土産だと察したようだ。
だが、紙袋の中にはまだ肝心なものが入っている。
それを海愛はこの場で彼に伝えた。
「確かにお菓子とかも入ってるけど……一番重要なのは紙袋の底の方に入っている箱だよ」
「底の方……? これのこと? ずいぶん丁寧にラッピングされてるみたいだけど……」
修也が紙袋の中に手を突っ込み、底の方からきれいな包装紙とピンク色のリボンでラッピングされた小さな箱を取り出す。
それこそが今日一番渡したかったものだ。
海愛がその箱について簡潔に説明する。
「それはお土産兼誕生日プレゼント……今日は柴田君の誕生日だから……」
「ええっ!? 何で知ってるの!!?」
大声を上げ、飛び上がりそうになる修也。誕生日など海愛には教えたことはないのだから驚くのも無理はないだろう。
だが、それはそんなに大した謎ではない。連絡先と同じで、単純に学校で和輝から教えてもらったというだけだ。
「ほら……柴田君、去年の私の誕生日にプレゼントをくれたでしょ? だから私もずっとお返ししたいなって思ってたんだ。それで冬休み明けにこっそり久野橋君に柴田君の誕生日を聞いたんだけど……そうしたら春休みの真っ只中だってことがわかったから、ずっとプレゼントを渡そうと考えてたの!」
「そうだったんだ……和輝は何も言ってなかったけど……」
「サプライズで渡したかったから内緒にしてってお願いしたんだ。……それより開けてみてもらえるかな? 男の子にプレゼントするのなんて初めてだから喜んでもらえるかわからないけど……」
「あ……うん……」
和輝が紙袋を持ったまま“お土産兼誕生日プレゼント”と言われた箱を丁寧に開ける。
「これは……財布……?」
箱の中に入っていたのは黒い財布だった。
「ずいぶん手触りがいいような……」
修也がそれを手に取って感触を確かめる。
「それはエゾシカの革でできた財布だよ。北海道で買ってきたの」
「エゾシカの革財布!? どうりで普通の財布と比べて質感が違うと思ったよ……でも、こんな高価なものはさすがに……」
驚きながらもまじまじと財布を見つめる修也。さすがに受け取るのを躊躇している様子だ。
だが、躊躇なんてしないでほしいというのが海愛の本音だった。
「そう言わずに受け取ってほしいな……私、今までいろいろな人からもらってばかりだったから、ずっと誰かにお返しがしたいと思ってたんだよ……」
「阿佐野さん……」
海愛はこれまで本当にたくさんの人に助けてもらった。様々な人から様々なものを与えられ、支えられながら今日まで過ごしてきた。
『世の中はギブアンドテイクだ』なんて言うが、『テイク』ばかりで『ギブ』ができていない。
だから少しずつでも返していきたかった。『ギブ』ができるような人間になりたかった。
今日渡したプレゼントにはそんな海愛の思いもこめられているのだ。
「……わかった。受け取るよ、プレゼント。ありがとう……阿佐野さん」
修也がお礼を言いながら、財布を箱の中に戻す。もらったばかりのプレゼントを汚さないようにするためだろう。
「誕生日おめでとう……柴田君」
受け取ってもらえたことが嬉しくて、顔が綻ぶ海愛。
だけど、これでは足りない。まだ全然お返ししきれていない。
だから、これからはできる限り誰かの力になってあげるつもりだ。
もちろん海愛一人の力はちっぽけだし、まだ初対面の人に対する苦手意識もあるが、それでもできることはあるはずだ。
自分にできる範囲で誰かを助けたり支えたりすることが今の海愛の目標だった。
「…………わっ!」
突然強風が吹き、空にピンクや白の花びらが舞う。
まるで目標のできた海愛を祝福するような花吹雪だ。
風に吹かれて花びらを散らしている桜の樹は少し切ないが非常に美しい。
そんな美しい桜を見て、「もうすぐ新たな一年が始まるのだな……」と感じる海愛だった。
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