第311話 海愛の北海道旅行⑩
その後、展望台を下りた二人は、売店でお土産を購入してからクマ牧場を後にした。
ロープウェイで下山し、歩いてバス停に向かい、駅に向かうバスに乗車する。
そして、空がだいぶ暗くなった頃に登別駅へと戻ってくるのだった。
「楽しかったね、クマ牧場!」
「はい! クマもリスもアヒルもみんな可愛かったです!」
可愛い動物を間近で観察できたので二人は大満足だ。
「……それじゃあ途中下車しながら知床を目指そうか!」
「はい!」
最終目的地に向かうことにした二人は電車に乗り、登別を後にした。
それから海愛と心葉は電車やバス、場合によってはタクシーなどを利用して東へと移動を続けた。
「わぁ〜すごいね、北海道の自然って……」
初めて北海道を訪れた海愛は、雄大で美しい北海道の風景に圧倒され、目を奪われてしまう。
さすが北海道と言うべきか、ただ近くで眺めているだけでも楽しい景色が本当に多いのだ。
もちろん大自然に感動しているのは海愛だけではない。
北海道生まれの心葉も初めて見る景色ばかりだったらしく、美しい風景に出会う度に目を輝かせていた。
しかも心葉の場合、ただ景色を眺めたりスマホで写真を撮ったりするだけではなかった。
なんと、リュックからスケッチブックと鉛筆を取り出して、その場で写生を始めてしまったのだ。芸術が好きだという話は聞いていたが、どうやら絵を描くことも好きだったらしい。これには海愛も驚きだった。
「……心葉ちゃんってもしかしてスケッチブックを持ち歩いてるの?」
風景をスケッチ中の心葉に、海愛が話しかける。
「はい。いつでも写生ができるように、外出する時は持ち歩くようにしています」
心葉はスケッチブックを見つめたまま答えた。
話しかけられても手だけは動かし続けているので、きっと写生に慣れているのだろう。
「それにしても絵、上手だね」
「……本当ですか? ありがとうございます」
海愛が絵を褒めると、心葉は嬉しそうに顔を綻ばせた。
もちろん海愛の言葉はお世辞などではない。鉛筆一本で写実的に描かれる風景は本当に見事としか言えない完成度だったのだ。
とても中学生が描いた風景画とは思えない。画家が描いた絵だと言われれば信じてしまうだろう。
少なくとも、海愛の周囲にはここまで絵の上手な人はいないので、その才能にはただただ脱帽するのみだった。
その後も二人は民宿などに泊まりつつ、数日かけて知床を目指す。
その道中、釧路湿原や摩周湖や屈斜路湖などに立ち寄ったが、どの場所も言葉では言い表せないほどに素晴らしい。
そんな素晴らしい場所を訪れる度に心葉はスケッチブックと鉛筆を取り出して写生を始めるため、海愛は静かにその姿を見守った。
写生中の心葉は本当にものすごい集中力で手を動かし、あっという間に絵を完成させてしまう。
完成した絵の出来栄えに一喜一憂する彼女の姿はなんだか見ていて微笑ましかった。
そして、海愛が札幌で心葉と出会った日から数日。
ついに二人は最終目的地である知床に到着した。
「う〜ん……着いたぁ! 知床!」
「同じ北海道なのに札幌とは雰囲気が全然違いますね……」
心葉は、まだ雪の残る駅前を興味深そうにキョロキョロと見回していた。
そんな心葉に、海愛が訊ねる。
「……どう? 心葉ちゃん。気分転換になったかな?」
「はい。数日前までは常に塞ぎ込んでいたんですが、今はなんだかすごく晴れやかな気分です。海愛先輩、わたしをここまで連れてきてくれてありがとうございます!!」
「よかった……」
心葉を元気づけるという目的を果たすことができてほっと安堵する海愛。
あの時、勇気を出して旅に誘ってよかったと心から感じていた。
「……それじゃあ名残惜しいけど、少し観光して最後に温泉に入ったら帰ろうか」
「旅ももう終わりですか……明日からまた頑張らなきゃいけませんね」
初対面の時とは別人のように明るくなった心葉。
そんな彼女とともに雪の残る知床を、バスやタクシーなどを利用して見て回ることにする。
道東に位置する知床半島は世界自然遺産にも登録されており、ほとんど手つかずの自然が残っている美しい場所だ。
そのような場所を見て回る時間はとても贅沢な気がする。
二人はしばらくの間、知床の美しい自然を堪能していた。
そうして充分に観光して満足した海愛たちは、最後にウトロ温泉の立ち寄り湯へとやって来た。
知床半島にあるウトロ温泉の泉質は塩化物泉で、お湯がしっとりとしており、体を芯から温めてくれるのが特徴だ。
さらに海の近くの温泉なので、美しいオホーツク海を眺めながら入浴することができる。
旅の締めくくりにふさわしい温泉と言えるだろう。
「……着いたよ、心葉ちゃん。ウトロ温泉! さっそく入ろう!」
「そうしましょう! 早く体を温めたいです」
そう言って、体を震わせる心葉。もちろん海愛も体は冷え切ってしまっている。もうすぐ4月とはいえ、春の知床はまだまだ冷えるのだ。
施設に足を踏み入れ、入浴料を払ってから女湯の脱衣所へと向かう二人。
春休みだからか他にも入浴客の姿は見られるが、決して混雑しているというわけではない。
海愛と心葉は急いで衣服を脱ぐと、バスタオルを体に巻きつけ、浴室へのドアを開けた。
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