第47話 欧米人の少女との出会い
初老の男性と別れた後、彩香は川越駅に向かってまっすぐに進んだ。
本当はもっと観光したかったのだが、他にも行きたい場所があるのでこれ以上の滞在は諦めるしかない。
寄り道したくなる気持ちをぐっと堪えて駅へと向かう。
すると、その道中で一人の欧米人女性が目の前の道をうろついているのが見えた。
とてもキレイな女性だ。黒っぽいノースリーブのシャツに、青いロングスカートを着用しており、その手にはガイドブックらしき本が握られていた。おそらく海外からの観光客だろう。
身長は彩香よりも高く、手足はすらりとしていて、少し幼い顔をしているが目鼻立ちは整っている。
また、長いブロンズヘアもよく手入れされていてとても美しく、非常に触り心地が良さそうだ。
そして、何より瞳が特徴的だった。欧米人特有の青い瞳はとてもキレイで、思わず見惚れてしまいそうになる。長いまつ毛も、瞳の美しさを引き立てているようだった。間違いなく美人の部類に入る女性だろう。
そんな美しい女性が、彩香の目の前でうろうろしている。
時折ガイドブックとにらめっこしているので、もしかしたら道に迷ってしまったのかもしれない。
「どうしよう……あきらかに困ってるみたいだけど……」
どちらかといえば社交的な彩香ではあるが、見ず知らずの外国人に話しかけるのはさすがにハードルが高い。
しかし、このまま見て見ぬふりをすることもできなかった。困っているなら助けてあげたい。
そう思った彩香は、若干の恐怖を感じながらも、覚悟を決めて目の前の欧米人女性の手助けをすることにした。
「あの……何かお困りですか?」
失礼のないよう、丁寧な言葉で話しかける。
彼女は最初、そんな彩香に驚いたようで目をぱちくりさせていたが、すぐにくだけた口調で返事をしてくれた。
「ハイ、困ってマス! 駅にはどう行けばいいのデショウ?」
「……駅というのは川越駅のことですか?」
「そうデス。カワゴエステーションの場所がわからなくて迷っているのデス」
「それならちょうど良かった! あたしも川越駅に戻るところなので、一緒に行きましょう」
「案内してくれるのデスカ? 助かりマス!」
そう言って、彼女は笑顔を見せてくれた。
駅まで案内してもらえることを本気で喜んでいるようだ。
勇気を出して声をかけて良かったと思う彩香だった。
「こっちですよ」
先頭に立ち、川越駅に向かって歩き始める。
彼女もその後について歩き出した。
「いや〜本当に助かりマシタ。ガイドブックに載っている地図ではわかりづらかったんデス。スマホの充電も切れているからルートを検索することもできなクテ……」
「それは大変でしたね。日本には観光でいらしたんですか?」
彩香が彼女の苦労をねぎらいつつ、訪日の理由を訊ねる。
「いえ、移住するつもりで来まシタ!」
「……え?」
「ワタシの家族はみんな昔から日本が大好きで、いつか移住したいと考えていたんデスヨ。それで、ワタシが高校生になったこのタイミングで移住することにしたのデス」
「高校生って……今いくつなんですか?」
「年齢デスカ? 十六歳デスヨ?」
「同い年だったの!?」
彩香が思わず声を上げた。
ずっと年上だと思っていたから、同い年だと知って驚いたのだ。
もちろん驚いたのは彼女も同じだ。
「アナタも十六歳なんデスカ?」
「うん、高校一年生だよ」
「どちらの学校に通ってるのでショウカ?」
「東京にある学校だけど……」
「そうなのデスネ! 実はワタシも東京の高校に編入する予定なのデスヨ! もしかしたら会えるかもしれマセン」
同じ東京に通う学生だとわかり、彼女が嬉しそうに言う。
「う〜ん……東京といっても狭いわけじゃないから会うのは難しいかも……でも、いつかどこかで会えたらいいね」
「ハイ! 会える日を楽しみにしてマス!」
「ちなみに、今の時期に移住してきたってことは、九月に編入するつもりなのかな?」
八月に日本に移住したということは、夏休み明けの九月から高校に通い始めるのではないかと思ったのだが、彼女はゆっくりと首を振った。
「最初は九月に編入する予定だったのデスガ、どうも手続きに時間がかかってしまっているヨウデ……編入時期はまだ未定なのデス……」
「あ……そうなんだ……」
手続きに時間がかかっているのなら仕方ない。
別の国の学校に通うのだから、学校側も受け入れのためにいろいろと準備が必要になる。
今はおとなしく待つしかないだろう。
「デスガ、遅くとも今年中には編入できると思いマス。順調にいけば、今年の秋くらいでショウカ……」
「そっか……日本の学校生活、楽しんでね!」
「ハイ! 思いっきり楽しむつもりデス!!」
そんな会話しているうちに目的の川越駅に到着する。
彼女がどの電車に乗る予定なのかはわからないが、おそらくここでお別れだろう。
だから彩香は、別れる前にずっと気になっていたことを訊いてみることにした。
「ところで今日はどうして川越に来たの? やっぱり歴史に興味があるからかな?」
歴史を感じさせる町並みに興味があって来たのだとしたら完全に同志だ。
仲の良い友だちになれるかもしれない。
そんなことをひそかに期待していたのだが、彼女の返答はまったく想定していないものだった。
「いえ……カワゴエにはとあるアニメの聖地巡礼で来たのデスヨ」
「……聖地巡礼?」
「ハイ。この町は少し前に放送されたアニメの舞台になってイテ、アニメの世界そのままの場所もたくさんあるカラ、一度来てみたかったのデス。実際に来てミタラ、キャラクターたちのパネルも置いてあって最高デシタ!!」
「ああ……あのアニメキャラのパネルってそういうことだったんだ……」
ようやくパネルの謎が解けて、すっきりとした気分になる彩香。
アニメの舞台になったのなら、そのキャラクターのパネルが設置されているのも納得だ。
パネルの前で写真を撮っていた人たちは、おそらく作品のファンだろう。
「……ちなみに、どんなアニメなの?」
少し興味が出たので内容を訊いてみる。
「一言で言えば異世界モノですネ。不慮の事故で亡くなったヨーロッパ人の若者が、江戸時代の日本みたいな世界に転生シテ、そこで無双するお話デス。その作品に、カワゴエの風景がたくさん登場するのデスヨ」
「それは……ちょっと斬新かもね……」
あまりアニメに詳しくない彩香だが、異世界モノがひとつのジャンルとして確立していることは知っている。
だがたいていの場合、日本人の若者が中世ヨーロッパ風の世界に転生したり召喚されたりするところからストーリーが始まるはずだ。
だから、欧米人が江戸時代の日本を思わせる世界に転生して無双するなんて作品は珍しい。
どんなストーリーなのか、少し気になってしまった。
だから視聴方法について訊ねてみる。
「その作品って今でも気軽に観れるの?」
「もちろんデス! いろいろなところで配信されてマスヨ!」
「そうなんだ……確か両親がサブスクを契約してたから、時間がある時に観てみようかな」
「ぜひ視聴してみてクダサイ! 笑いアリ、涙アリ、友情や恋愛アリの面白い作品ですノデ。これがその作品のタイトルになりマス」
少女がボールペンを手に取って、作品のタイトルを手帳に書き始める。
そして、そのページを破って渡してくるのだった。
「ありがとう……って、タイトル長っ!?」
三行にわたって書かれていたタイトルに思わずツッコんでしまう。
「最近ではタイトルが長いのは普通のことデスヨ?」
「まぁ、それは知ってるけど……」
こんなに長いのだから、おそらく略称が存在するはずだ。
そう思って略称を訊こうとしたのだが、どうやらそんな時間はないようだった。
「……おっと、そろそろ電車の時間みたいデスネ。では、ワタシはもう行きマス。次の電車に乗って池袋に行かなければ、両親との約束の時間に間に合わなくなってしまいますノデ」
「そっか……池袋に行くなら、あたしとは別の電車だね」
少し寂しいが、両親との約束があるなら仕方がない。
謎の欧米人少女とはここで別れることにした。
「デハ、お元気デ! またどこかで会いまショウ!」
「うん。元気でね」
互いに別れのあいさつを口にすると、少女は駅の中へと消えていくのだった。
一人残される彩香。
少女の姿が完全に消えたところで重大なミスを犯していることに気がつくのだった。
「……あ! あの子の名前訊くの忘れた!」
駅まで一緒に歩いてきたのに、なぜ気づかなかったのだろう。
名前と連絡先を訊いておけばよかった。
スマホの充電が切れていたと言っていたが、それでも連絡先を交換する方法はある。
それなのに、なぜか交換するという発想が出てこなかったのだ。
せっかく仲良くなれたというのに、これでは彼女との再会は絶望的だ。
「まぁしょうがないか……」
名前も連絡先も訊けなかったのは残念だが、今さら後悔しても遅い。
むしろ他人と簡単に繋がれる時代だからこそ、あえて一期一会の関係に甘んじるのも悪くないかもしれない。
もう二度と会うことはないであろうが、彼女のことは一生覚えていたいなと思うのだった。
「……って、そろそろ電車の時間だ! 急がないと……」
スマホで時間を確認し、もうあと数分で電車が発車してしまうことに気づく。
いつまでもここで佇んでいるわけにはいかない。
乗り遅れないようにするため、彩香は急いで改札を通り、ホームへと向かった。
◇◇◇◇◇
もう二度と会うことはない――そう決めつける彩香だったが、この世は合縁奇縁。
人との出会いというものは実に不思議なもので、袖振り合っただけなのに多生の縁につながることもある。
今日出会った外国の少女はいずれ彩香の通う高校に転入してくることになるのだが……今の彩香には知る由もないことだった。
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