第42話 湯郷温泉①
広島駅でお土産のもみじ饅頭を購入した真穂乃たちは、駅のホームに向かい、山陽新幹線に乗り込んだ。
そして午後三時前に岡山駅に到着する。鳥取へ向かう電車や四国へ向かう電車の乗り換え駅となっているだけあって、駅構内は非常に混雑していた。
「さてと……ここからはバスで向かうことになるから、とりあえずバス停に行きましょうか」
真穂乃が先頭に立って歩き出す。
だが、風音はまったく別の方向に駆け出してしまった。
「あ! あっちに桃太郎の像がありますよ!」
「ちょっと風音ちゃん!?」
真穂乃と芹奈があわてて風音を追いかける。
風音は、駅前に建っている像の前で足を止めた。
「すごい……お供の三匹までちゃんと像になってる……」
桃太郎の像はなかなかクオリティが高く、イヌやサルやキジまで造られている。
これだけしっかりした造りなら、観光客はついつい足を止めて見てしまうだろう。
「岡山は桃太郎で有名だからね。駅前通りは“桃太郎大通り”なんて呼ばれてるみたいだし、有名なきびだんごは岡山の銘菓なの。他にも“桃太郎まつり”なんてお祭りも開催されてるみたいよ」
「そうなんですね……せっかくだから、この像の前で写真を撮りましょう!」
「いいわね。桃太郎と一緒に三人で撮りましょうか。芹奈もこっち来て!」
「え〜しょうがないなぁ……」
真穂乃が通行人にスマホを渡し、撮影をお願いする。
それから三人は像の前に並んで立ち、スマホのレンズに視線を向けた。
通行人がシャッターボタンを押す。
最初の一回でキレイな写真が撮れたため、撮影はすぐに終わった。
「桃太郎も三匹のお供もちゃんと映ってますね」
「こういう写真も、数年後に見返したら思い出になるのかな」
風音と芹奈が写真を見てつぶやく。
その場のノリで撮っただけだが、芹奈の言うようにいつか思い出になったら嬉しい。
これからもいろいろな写真を撮っていきたいなと思う真穂乃だった。
「じゃあそろそろバス停に向かいましょうか」
「うん!」
「はい!」
駅前にあるバス停に向かい、やって来たバスに乗り込む三人。
車内は思ったより空いていたので、一番後ろの席に並んで座ることにした。
「ここからバスで二時間くらいだっけ?」
「そうよ。途中でバスを乗り換える必要があるんだけど、その時間を含めて約二時間ってところね」
「結構かかりますね……」
「わりと山奥にある温泉だからね。着くのは五時過ぎになっちゃうけど、温泉に入る時間くらいはあるから心配しなくていいわよ」
岡山駅から湯郷温泉までは五十キロ以上離れているので、バスだとどうしても二時間ほどかかってしまうのだ。
一応、湯郷温泉までのシャトルバスもあるにはあるのだが、事前に予約が必要でさらに宿泊客限定だったりする。
真穂乃たちのような日帰り客が公共交通機関で湯郷温泉に行こうと思ったら、時間がかかるのを承知で普通の路線バスを利用するしかないのだ。
「……そろそろ発車するかな」
スマホで時間を確認していた芹奈が、発車時刻寸前であることを伝える。
その言葉通り、バスは間もなく動き出した。
「ところで湯郷温泉ってどんなところなんですか?」
バスが発車してすぐ、風音が真穂乃に訊ねる。
「そういやウチも知らないかも……有名だから名前くらいは聞いたことあるけど……」
芹奈も詳しくは知らないらしい。
そんな二人のために、真穂乃は説明し始めた。
「湯郷温泉は、今から千年以上前に
「そんなに歴史ある温泉なのか……」
「ちなみに泉質は塩化物泉で、美肌効果が期待できるみたいよ?」
「それは女子として見逃せないね!」
「そうね。私も美肌には興味あるし、楽しみだわ! ……本当は残り二箇所にも行きたかったんだけど、さすがに時間がないから今回は湯郷温泉だけで我慢しないとね」
“美作三湯”という名前からでも想像できるが、美作にはあと二箇所ほど有名な温泉地が存在する。
だが三つの温泉地は離れた場所にあるため、車がなければ行くことすら困難だ。
少なくとも公共交通機関で行く場合、一日で三箇所すべて訪れるのはほぼ不可能だろう。
だから今回は一箇所だけで満足するしかないのだ。
そんな会話をしている間にもバスは進み、やがて終点に到着する。
「ここがこのバスの終点なんですね」
「ええ。ここで別のバスに乗り換えよ。次のバスが来るまでおしゃべりでもして待つことにしましょう」
バスが来るまでの間、雑談に興じることにした三人。
おしゃべりに夢中になっていたおかげであっという間に待ち時間は過ぎ、バスがやって来る。
真穂乃たちはそのバスに乗車し、一時間ほどかけて目的地である湯郷温泉に向かうのだった。
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