第41話 寄り道して帰ろう!

「さてと……中途半端に時間が余っちゃったけど、これからどうする?」


 お好み焼きを食べ終えた真穂乃が、お冷で喉を潤しながら言う。

 現在の時刻は午後二時前。まだ帰るには早い時間だ。


「わたしは特に予定はないので、どこか行きたいところがあったら付き合いますよ」


 風音もすでに昼食を終え、スマホ片手に原爆資料館で撮った写真を確認している。自由研究で使う写真を選別しているのだろう。


「じゃあウチ、宮島に行きたい!」


 ソフトドリンクを飲んでいた芹奈が、突然宮島行きを希望した。


「宮島かぁ……私も興味あるけど……」


 広島県内でも屈指の有名観光地。一生に一度は訪れるべき場所と言っても過言ではないだろう。


「わたしも行ってみたいです! 鹿さんがいるんですよね?」


 風音も興味津々の様子だ。

 宮島は、奈良公園のように野性の鹿がそこら中を闊歩しているので、鹿に合うためだけでも行く価値があるのだ。


「それじゃ、宮島に行くってことでいいかな?」


 芹奈が最終確認をする。

 魅力的な提案ではあるのだが、難点もないわけではなかった。


「今から行くとなると、観光時間が限られるけどいい?」

「……え?」

「ここから宮島まで移動だけで一時間半くらいかかるから、着くのは三時半ごろになるのよね……」

「そんなにかかるの!?」


 広島駅付近から公共の交通機関で宮島に行こうと思ったら、まず電車で宮島口に向かい、そこからフェリーで島に渡るのが一般的だ。

 待ち時間を含めれば、どうしても九十分くらいはかかるだろう。移動に手間取れば、もっと時間がかかるかもしれない。意外と距離があるのだ。


 移動に時間がかかると聞いて、芹奈が悩み始める。


「う〜ん……どうしようかな。三時半に到着となると……観光できる時間はせいぜい二、三時間ってところだよね……」


 今日中に帰らなければならないことを考慮すれば、夕方には帰路につかなければならない。

 最悪の場合、ほとんど蜻蛉返りになってしまうかもしれないので、こんなに悩んでいるのだ。


「まぁそれでも厳島神社くらいは観光できると思うけどね」

「確かに厳島神社はマストだけど、どうせ行くならゆっくり見て回りたいかな。他にも見どころはたくさんあるわけだし……」


 宮島といえば世界遺産に登録されている厳島神社が特に有名だが、それだけではない。

 他にも見るべき寺や資料館などが島内に点在しているし、水族館も存在するため海の生き物を近くで観察することもできる。

 また、ロープウェイを使って弥山みせんを登り、そこから少し歩いて山頂の展望台を目指せばちょっとした山登りを楽しめるだろう。展望台からの景色もきっと素晴らしいはずだ。

 しかしそれらをすべて堪能しようと思ったら、二、三時間では絶対に足りない。その三倍は必要だろう。


「行きたかったけど仕方ないか……今回は諦めようかな」


 芹奈が未練がましそうに言う。

 

「本当にいいの?」


 念のため確認するが、芹奈は本当に諦めたようだった。


「うん。行っても観光する時間がなかったら悲しいし、それによく考えたら夏より秋に行くべきかなって……」

「あ〜確かに……秋の宮島ってキレイだものね」


 真穂乃も写真やネットの画像などで見たことがあるが、秋の宮島は本当に美しい。

 木々が赤や黄色に紅葉し、島全体が彩られる様はまるで芸術作品のようだ。

 そんな美しい宮島の風景は、間違いなく写真映えするだろう。

 気温も暑すぎず寒すぎずちょうどいいくらいだろうし、行くなら紅葉の季節がオススメなのだ。


「……じゃあ今回は宮島は諦めるってことでいいわね?」

「うん。そうするよ」

「でもそうなると、この後どうするかって話に戻っちゃいますね……」


 宮島行きは諦めるということで落ち着いたが、結局話は振出しに戻ってしまった。

 いつまでも店に居座るわけにはいかないので、そろそろ今後の予定を決めるべきだろう。

 だから真穂乃は、代わりの行き先を提案することにした。


「ねぇ二人とも……少し帰宅が遅くなってもいいかしら?」

「……え? ウチはいいけど……」

「夏休みですし、わたしも構いませんよ」

「よかった……実は私、前から岡山の有名な温泉に行きたいと思ってたのよね」


 二人が多少遅くなっても構わないと言ってくれたので、思い切って自分の行きたかった場所を伝える真穂乃。

 二人の反応はおおむね良好だった。


「温泉か……いいんじゃないかな。岡山なら帰り道の途中だし」

「だいぶ汗もかいちゃってますしね」


 この炎天下に原爆ドームや資料館などを見学したため、ほどよく疲れているし、汗もかいている。

 帰りにお風呂に入ってゆっくりしたいと思うのは普通のことだろう。

 それに、温泉に浸かるだけならそこまで時間はかからない。帰りがけに寄り道する場所としてはちょうどよいかもしれない。


「それにしても、温泉に立ち寄りたいなんてさすが有馬温泉の老舗旅館の跡取り娘だね」

「やっぱり家業を継ぐために他の温泉地を見ておくことも重要なんでしょうね」

「うん、まぁ家業のためっていうのもあるけど、一番の理由は純粋に行ってみたいからかな。昔から温泉は好きだったし、時間があるうちにいろんな場所を訪れてみたいの!」


 目をキラキラさせながら真穂乃が語る。

 真穂乃は、温泉や温泉地の雰囲気が本当に大好きなのだ。


「なるほどね。わかった……この後はその温泉に寄り道してから帰ることにしようか」

「わたしも賛成です!」

「芹奈、風音ちゃん……ありがとね」


 意見がまとまり、この後の行き先が決定する。


「……で? 岡山の温泉って言ったけど、具体的にはどこに行きたいのかな?」


 その質問に、真穂乃は少し興奮気味に答えた。


湯郷温泉ゆのごうおんせんよ!」

 

 

 

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