第40話 広島風お好み焼き
賑わう店内。高温の鉄板。そして、鉄板の前でヘラを振るう店員。
「わ~おいしそ〜」
みるみる完成してゆく広島風お好み焼きを前に、真穂乃は無意識のうちにそんなことをつぶやいていた。
「確かにおいしそうだよね。これが広島風お好み焼きかぁ〜」
「もう待ちきれませんね」
芹奈と風音の視線も鉄板の上に固定されている。
それほど目の前の料理が魅力的なのだ。
「やっぱり広島に来たらお好み焼きよね!」
原爆資料館の見学を終えて再び広島駅から戻ってきた三人は現在、駅の近くにある飲食店を訪れていた。
飲食店といってもファミレスやファーストフード店ではなく、本格的な広島風お好み焼きを提供してくれることで有名な地元の老舗店だ。
三人はそんな老舗店のカウンター席に座り、料理が完成するのを今か今かと待っている。
「すっごくおいしそうだし、お昼はここに決めて正解だったね」
まだ食べてもいないのに、この店を選んで正解だったと語る芹奈。
真穂乃や風音も、その意見には同感だった。
「分かるわ……目の前でこんなのを見せられたら期待しちゃうわよね!」
鉄板の上でジュウジュウと音を立てて焼き上がるお好み焼き。調理する店員の手際の良さ。店内に充満するソースのにおい。そのどれもが料理に対する期待を高めてくれる。
三人の空腹感も、すでにマックスの状態だった。
やがてお好み焼きが完成し、真穂乃たちに提供される。
出来立てなので、まだジュウジュウと音を立てていた。
「それじゃあ冷めないうちに……」
運ばれてきた料理を前に三人が手を合わせる。
「「「いただきます!!!」」」
そして声をそろえてそう言うと、さっそくヘラを使って一人前のお好み焼きを食べやすい大きさに切り分け始めた。
広島風お好み焼きは普通のお好み焼きとは違って、キャベツや豚肉といった定番の具材の他に焼きそば用の麺が使用されており、さらに鉄板の上で伸ばして焼いた卵が載せられている。
つまり、普通のお好み焼きと比べて具が多いのだ。だから切り分けるのに少し苦労してしまう。
「思ったより切りづらいわね……特にこの麺が……」
焼きそば用の麺は弾力があって、ヘラでは切りづらい。一口サイズに切り分けようと思っても、麺が大量にくっついてきてしまう。
それでも真穂乃は、何とか食べやすい大きさに切って口に運んだ。
その瞬間、しっかりとソースの味が染み込んだお好み焼きのうまみが口中に広がる。
生地や中の具も当然おいしいが、麺の弾力や卵のほのかな甘みがお好み焼きの味を引き立てている気がした。
ひかえめに言って、非常に美味だった。
「ん〜おいしい! 広島風お好み焼き最高!」
真穂乃が満面の笑みで味の感想を口にする。少々大げさと思われるかもしれないが、本当にそれくらい美味だったのだ。
「うん。確かにおいしいね! 普通のお好み焼きも好きだけど、これも気に入ったよ」
「はい。味が濃くてガッツリした料理ですけど、こんなにおいしいなら夏でも普通に食べられますね」
芹奈や風音も夢中になって食べている。
小学生の風音には一人前でも多いかなという懸念もあったが、この分ならペロリと平らげてしまいそうだ。
「夏バテを防ぐという意味でも、この季節にこそ食べるべき料理なのかもしれないわね」
夏の暑い日はどうしてもサッパリした食べ物で済ませたくなるが、そんな食事を続ければ、体力や暑さに対する抵抗力は徐々に落ちてしまう。
しかし、この料理なら多少暑さにバテてしまっている状態でも問題なく喉を通るだろう。いろいろな具材が使われていて栄養価も高いと思われるので、暑い夏を乗り切るための体力もつくはずだ。
季節を問わずおいしく食べることのできるこの料理は偉大だなと思う三人だった。
それから真穂乃たちはしばらく無言で食事を続けた。
そして半分くらい食べ終わった頃、芹奈がとんでもないことを言い出した。
「ふぅ……なんだか冷たい飲み物がほしくなってきちゃった……ビールとか注文しちゃダメかな?」
「……ちょ!? 未成年の分際で何言ってるの!?」
トンデモ発言に思わず取り乱してしまう真穂乃。
「さすがに本物のお酒は注文しないよ。頼むとしてもノンアルコールビールにするから」
「ノンアルでも他のお客さんには未成年が飲酒してるようにしか見えないからやめときなさい」
「え〜……」
芹奈がわかりやすく口を尖らせる。
「芹奈だって、こんなところで面倒事を起こしたくはないでしょ!?」
「まぁ確かに面倒事は避けたいかな……」
「だったら、今日はソフトドリンクで我慢しなさいよ」
「……わかった。ウーロン茶にしておくよ」
「まったく……驚かせないでよ……」
ソフトドリンクで妥協すると言ってもらえたことで、真穂乃はようやく落ち着きを取り戻した。
「あはは……お姉ちゃんがごめんなさい……」
風音が姉の代わりに謝罪する。
「まぁ芹奈が突飛なことを言い出すのは昔からだから、別にいいけどね」
額の冷や汗を拭いながら、真穂乃が目の前の料理に視線を戻す。
そして、ヘラでお好み焼きを切り分ける作業を再開した。
ちょっとした悶着はあったものの、その後は静かに食事を続けることができたのだった。
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