第14話 互いのプライド
「ジ、ジークエイト様……っ!」
一瞬見間違いかと思ったが、戸惑っている暇は自分にはない。
だってもしも彼が本物だとしたら、今ここで呼び止めて、侯爵達からその身をお守りしなければならないのだから。
戸惑っている間に通り過ぎ、声の届かないところへ行ってしまったら、もしかしたらもう彼には危険を伝える事が出来ず、侯爵達に殺されてしまうかもしれないのだから。
だからチェルシーは飛び出した。後先の事など考えず、今、その身をお守りするために。
「誰だ……っ!」
突然、人が叫びながら飛び出して来たのだ。
ジークエイトは驚き、馬ごと転びそうになる。
ああ、今度こそ解雇されるかもしれない。
でも別に良いか。それで彼が殺されずに済むのなら。
チェルシーがそんな事を思っている間に、何とか転ばずに持ち直したジークエイトは、飛び出して来た人物が何者かを理解した途端、大きく目を見開いた。
「ご無事でしたか、ジークエイト様!」
「チェルシー! 無事だったか!」
「実は王子にお伝えしたい事が!」
「そんな事より怪我はないか? 変なヤツに襲われなかったか?」
「変なヤツと言うよりかは、ハインブルク侯爵がおりまして、彼が……」
「何っ、ハインブルク侯爵に襲われたのか! 何されたんだ!」
「いえ、襲われるのは私ではなく、王子です!」
「オレの事は良い! 自分の心配をしろ!」
「そうはいきません! 私は王子をお守りし……」
しかし、そこまで言ってチェルシーはふと気付く。
あれ? 何か話がおかしくないか?
(そもそも何でジークエイト様がここにいるの? って言うかこの人、さっき「チェルシー」って言った?)
怪我はないかと聞かれたような気もするが……何で?
「チェルシー」
「は、はいっ?」
その会話の違和感には、ジークエイトも気付いたのだろう。
彼は馬から降りると、不思議そうな目をチェルシーへと向けた。
「オレが無事とはどういう事だ?」
「はっ、そうでした!」
ジークエイトがここにいる理由などは気になるが、今はそれよりもハインブルク侯爵の企みを伝える事の方が先だ。
何で王子がここにいるのかうんぬんかんぬんは、落ち着いてから尋ねる事にしよう。
しかし、チェルシーがその情報を伝えようとした時だった。
「ジークエイト王子!」
馬と松明と共に、ジークエイトの専属従者であるリドルが駆け付けて来る。
リドルは到着するや否や馬から飛び降りると、咎めるようにして主を睨み付けた。
「勝手な行動はしないで下さいと言ったでしょう! 何かあったらどうするんですか!」
「チェルシーを見付けたんだから、別に良いじゃないか」
「チェルシーを?」
そこでようやく、リドルの視線がチェルシーへと向けられる。
そしてホッと、リドルの瞳が安堵の色を浮かべた。
「キミがチェルシーだね。無事で良か……」
「リドル様! それよりも早くお伝えしなければならない事があります!」
「えっ、何?」
当然言葉を遮って声を荒げたチェルシーに、リドルは驚いたようにして目を見開く。
しかしチェルシーから伝えられたその情報に、彼らは驚いて更に目を見開く事となった。
「そんな……では、全てハインブルク侯爵に仕組まれた事だったのか……」
「おかしいとは思っていたんだよ。あんな兄貴を好きになって、ましてや結婚までしてくれる人がいるなんてさ!」
「いや、ジークエイト様、それはちょっと言い過ぎでは……?」
弟にこんなん言われたと知ったら、兄貴、きっと泣く。
「とにかく今はクリスフレッド様をお守りする事、そして城に攻め込まれる前に、侯爵の部隊を壊滅させる事が優先です」
しかしすぐに状況を把握すると、リドルは冷静に次の行動を判断し、指令を出すべく、その視線を改めてチェルシーへと向けた。
「チェルシー、まだ動けるかい?」
「はい、もちろんです!」
「では、私の馬を使ってヤマトのところへ行き、彼に現状と、ロイヤルナイトを指揮し、侯爵達が行動を起こす前に彼らを捕らえるようにと伝えてくれ。」
「はっ、すぐに伝令に向かいます。それで、副隊長は今どこに?」
「キミが落ちた崖、その周辺や下を捜索しているハズだよ。他のロイヤルナイトもいると思うから、そこへ行けば仲間と合流出来るだろう」
そう指示を出すと、リドルは馬の手綱をチェルシーに差し出した。
「私は王子と共に城に戻り、すぐにアーサー様に連絡する」
侯爵の方は任せたと、ヤマトに伝えてくれ。
しかし、そう付け加えたヤマトから、チェルシーが手綱を受け取ろうとした時だった。
ジークエイトから、反対の声が上がったのは。
「待て、リドル。それは危険なんじゃないのか?」
「危険、とは?」
今のどこに危険な要素があったのだろうと、リドルは首を傾げる。
もしかして自分と王子が一緒に馬に乗ったら、馬が二人分の重さに耐えられなくて危険、と言う意味だろうか。
「違う、そうじゃない」
「では、何でしょうか?」
「チェルシーは怪我をしているんだぞ。それなのに一人でヤマトのところへ行かせるなんて、一体何を考えているんだ! 危ないだろう!」
「……」
ちょっと何言っているのか分からない。
「チェルシー。怪我をしているのかい?」
「確かに落ちた時、体をぶつけたり、擦り傷が出来たりしましたが、どれも大した怪我ではありません。副隊長のところへ行くのはもちろんの事、侯爵達と戦う事にも支障はありません」
「そうか。では、やはりチェルシーはヤマトのところへ……」
「駄目だ、危険だ! ヤマトのところへはリドルが行け。オレはチェルシーと城に帰り、アーサーに連絡を入れる。それで良いだろう?」
「いや、良くはないでしょう」
何がそれで良いのかと、リドルは更に首を傾げる。
チェルシーはロイヤルナイトの隊員だが、今は万全の状態ではないのだ。
それなのにジークエイトと行動を共にし、万が一の事があった場合、彼を十分に守り切れるとは思えない。万が一の事を考えれば、彼女より自分がジークエイトを護衛した方が安全だろう。
それなのに彼女と城に向かうと言い出すなんて……何で?
(まさか王子、チェルシーと一緒にいたいだけじゃないだろうね……?)
ふと頭を過ったその可能性に、ヤマトは思わず表情を引き攣らせる。
チェルシーが行方不明になったと聞いた時のジークエイトの行動から、彼が彼女に好意的な感情を抱いているのは、何となくだが分かる。
そして彼女を見付け、離れたくないと言わんばかりのこの反応。
まさか王子、自分や兄の身に危険が迫っているにも関わらず、チェルシーを危険な目に遭わせたくないとか、彼女の事は自分が守るとか、そんな場違いな事を考えているわけじゃないだろうな……と、リドルは思ったわけだが、残念ながらその通りである。
(ジークエイト様、もしかして私の事、信用してない?)
しかし、ジークエイトが自分の事を好いているとは夢にも思っていないチェルシーは、ジークエイトの発言に不満そうに眉を顰める。
だって自分は、ロイヤルナイトと言う、騎士の中でも特に優れているとされる騎士なのだから。
それなのに何故、ジークエイトは自分をヤマトのところへは行かせられないと反対するのか。
それはジークエイトが、チェルシーなんかがヤマトの下へ辿り着けるわけがない、彼女では役不足だ、と思っているからではないだろうか。
(副隊長のところに伝達すら出来ないと思われているなんて! そこまで使えない女だと思われていたなんて、最悪だわ!)
けれどもそう思われているのなら、自分の取る行動は一つしかない。
ヤマトのところへ行き、仲間達と共に侯爵の企みを阻止する。そして騎士としてはそれなりに使える事を証明する。それしかない。
「ジークエイト様、進言よろしいでしょうか」
「何だ?」
ジークエイトにギロリと睨み付けられるが、怯んでいる暇はない。
ジークエイトに使えないと思われているなんて嫌だ。
好きになって欲しいとまでは言わないが、騎士としてそれなりに使えるくらいには思っていて欲しい。
「確かに私は、崖から落ちると言う失態を犯しました。しかし、この程度の怪我を怪我と呼んで寝込む程、脆くもありません。これでも私はロイヤルナイトです。与えられた任務は必ず遂行します。リドル様から与えられたこの任務、どうか私にお任せ下さい!」
「駄目だ」
「んなっ!」
何でッ? 何がそんなに駄目なんだ?
「何故です? そんなに私の力が信用出来ませんか!」
「そうじゃない。何かあったら危険だと言っているんだ」
「私は騎士です! 危険なのは承知の上で任務に当たっていますし、何があろうとも侯爵の企みを阻止するつもりです!」
「何があろうとも?」
「はい、途中で敵に襲われ、例え体の一部を失う事になろうとも、必ず副隊長に伝令致します!」
「か、体の一部をッ? だ、駄目だ、駄目だ! 増々行かせられん! オレと共に城へ戻り、そこで大人しくしていろ!」
「しっ、城で大人しくッ? 何故ですか! やはり王子も私を女だと思って舐めていらっしゃるのですか!」
「男とか女とか関係あるか! とにかくお前には行かせられない! オレと共に城に帰れ!」
「嫌です! 絶対に行って、私でも出来るって事を証明してみせます!」
これでも騎士としての実績はある方なのに。それなのに何故認めてくれないのだろう。
やはり嫌いなヤツには重要な任務は任せられないと、そう言う事なのだろうか。
(でも、好き嫌いと、仕事が出来る出来ないは別だわ!)
そうだ、例え嫌われていても、仕事が出来る事くらいは証明したい。
だから何が何でもヤマトに伝令し、侯爵を取り押さえるところでも活躍してみせる!
「リドル様、手綱をお貸し下さい! 必ずや任務を遂行してみせます!」
「あ、ああ、任せ……」
「ふざけるな!」
しかし、チェルシーが手綱を掴む前にリドルの手を払い落すと、ジークエイトはチェルシーの手首を乱暴に掴んだ。
「城に帰れと言っている! これは王子命令だぞ!」
「承服できません!」
「オレの命令に背く事がどういう事か分かっているのか!」
「私は騎士です! 命令に背く事になろうとも、王子や国をお守りするのが私の役目! 私は間違った事など何一つ言っておりません!」
「な……っ! オレはお前になど守られたくはない!」
「仕事なんです! 諦めて守られて下さい!」
「ならばそんな仕事、今すぐにでも辞めてしまえ!」
「でしたら、私の仕事を見ていて下さい! 確かに崖から落ちるという失態を犯しましたが、それを挽回するくらいの働きはしてみせます! 私を解雇するのでしたら、それからでも遅くはないハズです!」
「ゴチャゴチャと煩いな! いいから黙ってオレと来い!」
「嫌です!」
「それならチェルシーは、ジークエイト様とそっちの馬に乗って、ヤマトのところへ伝令に向かってくれ。報告後はヤマトの言う事をよく聞くように。それで良いですね、ジークエイト様?」
「分かった」
「承知しました」
話が噛み合わないまま言い争い合う二人に、遂に痺れを切らしたリドルがそう指示を出せば、ようやく時間の無駄なだけの言い争いは終わりを迎える。
せっかくチェルシーが情報を掴んでくれたと言うのに。それなのにこのままでは手遅れになってしまうし、何より面倒臭い。
二人にはさっさとヤマトのところへ行ってもらって、あとは全部ヤマトに押し付けてしまおう。
「チェルシー、乗れ。ヤマトのところまで行くぞ」
「いいえ、ジークエイト様。手綱は私が握ります。ジークエイト様は私の後ろに乗って下さい」
「はあああ? 何だソレ、カッコ悪い!」
「なっ、何ですか、ソレ! 私は騎士です! 馬にくらい乗れます!」
「オレだって王子だ! 馬にくらい乗れるし、お前の後ろになど乗りたくはない! オレが前に乗る!」
「仕事なんです! 我慢して私の後ろに乗って下さい!」
「絶対に嫌だ! オレが前だ!」
「王子が前。チェルシーが後ろ。いいから早く行ってくれ」
再び言い争いを始めた二人を無理矢理馬に乗せて、リドルはヤマトの下へと二人を送り付ける。
こうしてハインブルク侯爵よりも先に騎士団が動けたため、長期に渡る彼の野望は失敗に終わり、事なきを得たのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます