第8話 少し前のお話4 Side.Z
チェルシーがロイヤルナイトから、普通の騎士団に降格してしまったらしい。
何故かオレが激怒していると勘違いさせてしまった事が、きっと彼女の心の負担になってしまったのだろう。
何でそんな勘違いをしたのかは知らないが、たぶんオレのせいだ。悪い事をした。
チェルシーの件でアーサーが謝って来たあの日、オレは国王陛下である父に連れて行かれた後、とんでもなく怒鳴られた。
そんな些細な事で他人の命を奪おうとはどういう事か、人としてどうかしている、恥を知れ、などと散々な言われようだった。
だからオレは、そんな事は言っていない、誤解だ、と弁解したのだが、父は全く聞く耳持たずだった。あの時程、父の息子である事を悔やんだ事はない。
仕方なくオレは、洗いざらい話す事にした。
洗いざらいと言うのはもちろん、オレがチェルシーに惚れていると言う話だ。
オレがチェルシーを好きになったあの晩、彼女はオレに何故か謝っていたから、誤解を生んだのはおそらくあの時なのだろう。
だからオレは、その晩の事と正直な気持ちを真っ赤になりながら父に話したのだ。
そんなオレを見て、一緒に聞いていた兄貴は爆笑し、母は心を無にして聞いているようだった。
そして肝心の父はと言うと、「やってしまった」と言わんばかりに表情を引き攣らせながら、「きちんと話も聞かずに悪かった」と謝ってくれた。
しかしあれは、「一方的に怒鳴り付けて悪かった」と言うよりかは、「聞いちゃいけない事を聞いてしまって悪かった」の方の「悪かった」だろう。もう一度言うが、あの時程、父の息子である事を悔やんだ事はない。
とにかく悪いと思っているのなら、本人にもアーサーにもこの話は秘密にしていてくれ、と言って今日に至るわけだが、幸いにもオレの家族はオレの願いを聞いてくれているらしい。口の堅い家族であった事には感謝しようと思う。
さて、話は戻って、チェルシーが降格してしまったわけだが、これはオレにとってある意味チャンスであった。
だって彼女が降格してしまったのは、オレのせいなのだから。
お詫びと称して、彼女をデートに誘う事が出来る。そこで彼女と親密な仲になる事が出来れば、ゆくゆくは彼女を婚約者として迎える事が出来るかもしれない。
しかしそう考えてウキウキしていたオレだが、そんなオレの浅はかな考えは、すぐに打ちのめされる事になる。
「アーサー、少し良いか?」
「ジークエイト様? はい、どうされましたか?」
城内にいたアーサーを見付け、声を掛ける。
一体何用かと首を傾げるアーサーに、オレは用件を告げた。
「チェルシーの事なんだが……」
「うげぇっ。アイツ、また何かやらかしましたか?」
「いや、そうじゃなくてだな……」
それにしても「うげぇ」はないだろう。思ったよりも素直なヤツだな。
「お言葉ですが、王子。チェルシーはもう私の部下ではありません。彼女に対しての苦情があるのなら、私ではなくて彼女の現在の上司におっしゃって下さい」
「だからそうじゃないって言っているだろう」
「では、何なのですか? 私だってチェルシーの降格にはショックなんですから。無意味に傷を抉らないで下さいよ」
「とりあえずオレの話を聞いてもらえるか?」
前から思っていたが、アーサーは些か思い込みの激しい部分があるらしい。その辺、ロイヤルナイトの隊長として大丈夫なんだろうか。
「実はチェルシーに、詫びがしたくてな」
「は? 詫び?」
何で? と顔面にデカデカと書きながら、アーサーは首を傾げる。
そんな彼に対して、オレは尤もらしい理由を付けて彼女を呼び出してもらう事にした。
「チェルシーが降格してしまったのは、オレのせいだろう?」
「は? え?」
「オレがチェルシーに激怒した事が、彼女の心の負担となり、査定に身が入らなくなって降格してしまった。そうだろう?」
激怒した覚えはないが、そう言う事にしておこうと思う。
「え? まさかチェルシーがそう言ったんですか……?」
「ち、違う! 断じて違う! オレが勝手にそう思っただけで、彼女が言ったわけじゃない! これはオレの勝手な予想だ! そこだけは勘違いしないでくれ!」
また切腹だ、何だ、と騒がれては困る。
だからオレは、そこだけは分かってくれ、と力説した。
「とにかく、彼女の降格にはオレにも非があったんじゃないかと、オレはそう思っている。だからせめて詫びをさせてもらえないかと、こうして以前の上司であるお前に許可を取りに来たんだ」
「はあ……。それで、詫びと言うのは?」
良かった。今回は暴走されずに済みそうだ。このまま話を続けよう。
「チェルシーをお茶会に誘いたい」
「お茶?」
「庭園でお茶をしながら、二人でゆっくりと話がしたい。もちろん、チェルシーの都合が良い日で構わない。だからアーサー、チェルシーに話を通しておいてもらえないか?」
「……」
その申し出にアーサーは思案顔を浮かべると、しばし考える仕草を見せる。
そしてお茶会くらいならすぐに許可が取れるだろうと甘く考えていたオレに、アーサーは険しい顔で口を開いた。
「申し訳ないのですが、ジークエイト様。あなたをお慕いしている女性は沢山います。それなのにチェルシーだけを特別扱いするのは、如何なモノかと思いますが?」
「別に特別扱いではない。詫びがしたいだけだ」
「それなら、特別手当を出された方がよろしいのではないですか? 女性はお茶よりお金の方が好きですよ」
え、そうなの?
「それに、そんなデート紛いのお詫びなどされては変な噂が立ち、他の女性から反感や妬みを買いかねません。ジークエイト様だって、チェルシーに気があると、彼女や他の女性達に誤解されたら困るのではありませんか?」
「いや、それは……」
確かにチェルシーは困るかもしれない。でもオレは困らない。
「チェルシーが降格した件につきましても、あなたがそんなに気に病む必要はありません。仮にジークエイト様のおっしゃる通りだったとしても、それはあなたが悪いのではなく、その程度の事で気に病んでしまうチェルシーの心の弱さが悪いのです。それに、そんな事くらいで降格してしまうような者は、我がロイヤルナイトには必要ありません。むしろ一度降格し、その甘えた根性を叩き直してから、再び這い上がって来て欲しいくらいですね」
「う……」
さすがアーサー。何だかんだ言ってもロイヤルナイトの隊長なんだな。言っている事に隙がない。
「た、確かにお前の言っている事は分かる。だが、それじゃあオレの気が済まないんだ。真実はどうであれ、オレはチェルシーに直接詫びがしたいと思っているし、それを金で済ませたくはない。だからお茶会に彼女を招待し、直接謝らせてはもらえないだろうか」
「さして悪くもないのに、王子が騎士に易々と頭を下げるのもどうかと思いますが?」
「み、身分など関係ない。悪いと思ったら謝る、それが人として当然の行為だろう。王族だから頭を下げるなとか、お前、考え方が古いぞ!」
「ああ……、そうですかあ……」
微妙な年齢のアーサーに、『考え方が古い』と言ったのが原因だろう。
アーサーの纏う雰囲気が、ピリリと殺気立つ。
あ、ヤバイ、と思ったのも束の間。
アーサーは真剣な表情で真っ直ぐにオレを見据えた。
「ならばジークエイト様、はっきり言わせて頂きます。正直、あなたのコウイは迷惑です」
「え……」
アーサーが口にした『コウイ』が、『好意』なのか『行為』なのかは定かではないが。
とにかくその予想外の言葉に、オレは心がスウッと冷えていくのを感じた。
「チェルシーは今、次の査定でロイヤルナイトに戻れるよう、必死になっています。日々の業務はもちろんの事、空いた時間は全て己を鍛える事に使い、懸命に努力しています。そんな彼女の邪魔をするのは止めて頂きたい」
「邪魔だなんて、オレはただ……」
「邪魔です。いいですか、チェルシーは女なんです。努力を怠れば、すぐに男性に抜かれてしまうんです。それはロイヤルナイトに戻るための次の査定はもちろんの事、ロイヤルナイトに戻ってからも変わりません。少しでも気を抜けば、他の男性騎士にすぐにその座を奪われてしまう。そしてその事は、彼女自身が一番よく知っています。だからこそ、彼女はロイヤルナイトにいた時も、降格した今も、その位置を守るべく日々鍛練に励んでいるんですよ」
例え彼女を妬む男性騎士達に、「鍛練が趣味の脳筋女」とバカにされようともね、とアーサーは付け加えた。
「チェルシーの望みはロイヤルナイトに戻る事、そしてロイヤルナイトに在籍し続ける事です。あなたと懇意になる事ではないのです。ですからジークエイト様、あなたの本意が何であろうと、彼女に誤解を与える行為や、彼女の目標を邪魔するような行為はお止め下さい。その想いは、チェルシーにとっては迷惑です」
「……」
お詫びにチェルシーをお茶会に誘うのは止めてくれ、と言われているだけなのに。
それなのに、チェルシーに好意を持つ事自体が迷惑だと言われている気がするのは、どうしてだろうか。
「そうか、迷惑か……」
「はい、迷惑です」
「そうか……」
迷惑。
その言葉がオレの心に重く圧し掛かる。
そうだ、彼女は今、普通の騎士団に降格され、次の査定でロイヤルナイトに返り咲いてやろうと、懸命に稽古に励んでいるのだ。
それなのにオレと来たら、一目惚れだの、親密な仲になりたいだのと、自分の気持ちばかりを優先させていた。
本当に彼女の事を想うのなら、自分の気持ちよりも先に、彼女の気持ちを優先させるべきなのに。
ああ、そうか。一人で浮付いていたオレが間違っていたんだ。
「無理を言って悪かった。すまない、アーサー。今の話は忘れてくれ」
「分かって下さったのなら良いんです。では、失礼します」
軽く頭を下げてから、アーサーは立ち去って行く。
彼と別れてから、オレは窓の外をぼんやりと見上げる。
彼女の事を想うのなら、この気持ちは忘れなければならない。
彼女が騎士であり続ける事を望んでいる以上、この気持ちは彼女にとっては邪魔でしかないのだから。
(少しでも、オレに気があれば良いのにな)
そうすれば騎士なんかやめて、オレと結婚しようと言えるのに。
なんて、オレが未練がましい事を考えていた時だった。
「どうしたー? 窓の外なんか見上げちゃって?」
背後から、聞き覚えのある呑気な声が聞こえて来る。
振り返れば、そこにいたのは想像通りの人物。
リーデル国の第一王子こと、クリスフレッド兄貴の姿がそこにあった。
「何だよ、アンニュイかい?」
「何だよ、アンニュイって?」
「悩み事かいって聞いているんだよ。お兄ちゃんが相談に乗ってやろっか?」
「……」
勘違いで父に怒鳴られた件から、兄貴は全てを知っている。相談に乗ってもらうのも良いのかもしれない。
そう考えたオレは、今のアーサーとの話を兄貴にする。
もしかしたら兄貴は、アーサーとは違う意見を持っているかもしれないし、そうじゃなくても慰めてくれるかもしれない。
しかし、そう考えていたオレが甘かったんだと思う。
話を聞き終えた兄貴は声を上げて爆笑した後、事もあろうか、バカにしたような眼差しでオレを見下して来たのだ。
「何それ。お前、そんな小せぇ事でガタガタ言ってんの? くだらねぇ悩み。マジ萎えるわ」
今になって思えば、兄貴がそう思うのも無理はないし、それが兄貴なりの激励だったと言う事も分かるけれど。
でもその時のオレに、兄貴の事情を汲み取る余裕なんかなくって。
オレはそのまま兄貴と取っ組み合いの喧嘩をし、再び父に怒鳴られる事となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます