第7話 少し前のお話3 Side.A

 我がロイヤルナイトに、チェルシーという唯一の女性騎士がいる。双剣を使う珍しいタイプの騎士で、その腕前は男子にも引けを取らないし、思ったより性格も面倒臭くないから、オレは彼女の事を割と気に入っている。


 しかし、そんな彼女が最近問題を起こした。

 どうやら我らが守るべき主の一人、ジークエイト王子を怒らせてしまったらしいのだ。


 ジークエイト様はその整った容姿と、天才と言われる程に剣が強い事から、女性人気の高い王子だ。噂では、城内に隠れファンクラブなるモノもあるらしい。

 そんな女性達と同じように(いや、それ以上に、だったか?)チェルシーはジークエイト様を見つめ、そして見惚れていたと言う。そしてそんな熱い視線に気付いたジークエイト様から、直々に気持ち悪いと指摘され、所属先と名前を聞かれたそうなのだ。


 いや、お前それ、一体どんだけ見ていたんだよ、と半ば呆れたが、ロイヤルナイトたる者、その主君に見惚れるなど言語道断だ、とそれっぽい事を言って叱っておいた。

 そんな私の説教に、チェルシーはもうしないと約束し、反省してくれたが、もしかしたら解雇されてしまうかもしれないと、とても不安そうにしていた。


 どんだけ見つめていたら解雇される程に気味悪がられるんだよ、と思ったが、彼女は今となってはロイヤルナイトになくてはならない存在だ。そんな事くらいで解雇されたらオレが困る。


 だからオレは、「解雇にはならないよう、私からも謝っておくから心配するな」と伝えたのだが……。


(本当にそれが原因か?)


 チェルシーとの会話を思い出しながら、オレは城内を歩く。


 チェルシーは見惚れていたのが原因だと言っていたが、オレにはそうとは思えない。

 先にも言ったように、ジークエイト様は女性人気の高い王子だ。どこに行っても女性達から熱い視線を送られる事になる。彼とてその視線には慣れているハズなのだ。


 それなのにチェルシーの視線だけを、ピンポイントで気味悪がるだろうか。


(そもそも、ジークエイト様を怒らせたと言うのも、チェルシーの勘違いなんじゃないのか?)


 その話がチェルシーの勘違いであれば、こちらから下手に話を振る必要はない。

 それにもしその話が本当であった時は、オレではなく王子の方から、彼女の上司であるオレに話を振って来るだろう。それまでは放っておこうと思う。


「アーサー、少し良いか?」

「え?」


 不意に話し掛けられ、ドキリと心臓が跳ね上がる。

 振り返れば、今し方考えていた渦中の人物こと、ジークエイト様の姿があった。

 ヤバイ。何の話だろう?


「ジークエイト様? はい、どうされましたか?」


 ジークエイト様がオレに話し掛けて来るのは、よくある事だ。

 今回もきっと、剣術指南がどうこうと言う話だろう。

 そうだ、チェルシーの話ではない。だから落ち着け、オレ……と、心を落ち着かせながら、オレは彼に用件を問う。


 するとジークエイト様は、言いにくそうに視線を落としながら、その用件を口にした。


「実は、ロイヤルナイトに所属しているチェルシー・ヘンダーソンの事なんだが……」

「大っ変申し訳ございませんでした!」

「あ?」


 瞬間、オレは高速の勢いで王子に土下座していた。


「話は本人から聞いております! この度は我が部下が王子に対し、失礼な振る舞いをした事、心から謝罪申し上げます! 大変申し訳ございませんでした!」

「は? あ?」


 顔を上げれば、ジークエイト様の鋭い視線がオレを貫く。

 やはり相当怒っているらしい。

 一体チェルシーは、どんだけジークエイト様を舐め回すようにして見つめていたんだ?


「チェルシーは女性ではありますが、男性隊員にも引けを取らない程、優秀な騎士であります。入隊当初こそは面倒臭いと思っておりましたが、今となっては、ロイヤルナイトになくてはならない存在なんです。そんな彼女の首を切られるのは、私としても困りますし、国としても大損失です! ですからどうか……どうかお考え直しをっ!」

「ちょっと待て、アーサー! お前は何の話をしているんだ? 何か勘違いしているんじゃないのか?」

「勘違いぃぃっ?」


 その一言に、オレは真っ青になる。

 勘違いって……まさかチェルシーのヤツ、他にもジークエイト様に対して、失礼な事をしているんじゃないだろうな!


「ま、まさか、見惚れていた以外にも何かしたんですか!」

「あ? いや、それは……その、まだ何もしていないが……」

「まだッ?」


 って事は、いずれは何かするつもりなのか!


「それでアーサー、その事でお前に相談が……」

「まこっっっとに申し訳ございませんでした!」

「あ? 何でお前が謝るんだ?」

「チェルシーは私の部下です! 上司たる私が謝るのは当然の事でしょう!」

「はあ? 謝られても困るんだが……」

「では、どうしたら許して頂けますか? 切腹ですか? 切腹ですか? 切腹ですかッ?」

「何を騒いでいる?」


 ふとその時、天の助けが入る。

 ロイヤルナイトの隊長が第二王子に土下座している、と言うちょっとした事件になっていたので、その騒ぎを聞き付けてやって来たのだろう。

 そこには専属従者を連れたジークエイト様の父親こと、我らが国王陛下の姿があった。


「国王陛下っ!」


 国王陛下であれば、話を分かって下さるかもしれない。


 謎の信頼感と共に陛下に向き直ると、私は跪き、そして頭を垂れた。


「実は私の部下がジークエイト様に色目を使いまして、そのせいでジークエイト様を激怒させてしまったのです!」

「はあっ?」

「色目、とは?」

「舐め回すようにして、ジークエイト様を見つめていたそうです!」

「えっ? えええええええっ?」

「舐めまわすように、だと……? しかし、それは他の女性従業員もやっている事ではないか。何故、ジークはそなたの部下にだけ腹を立てたのだ?」

「それは分かりません! ですが、我が部下がジークエイト様に不快な思いをさせ、怒りを買ってしまった事は事実。そしてジークエイト様は部下の解雇と、私の切腹を望んでおります!」

「え? いや、ちょっと、待……」

「ジーク。これは一体どういう事だ?」

「ま、待って下さい、父上! オレにも話がよく……」

「言い訳は別室で聞こう。アーサー、顔を上げてくれ。そなたにも、そなたの部下にも非はない」

「しかし……っ!」

「我が妻に似て、見目の良いジークに目が行ってしまうのは当然の事。実害があったわけではないのだ。そなたも、そなたの部下も何も悪くはない。よって、今回の件については不問とする。安心するが良い」

「へ、陛下……っ!」


 その寛大な心に、オレは垂れそうになった鼻水をズズッと啜った。


「寛大な心、痛み入りまずっ」


 再び頭を下げるオレの肩を、陛下は優しくポンと叩く。


 そしてジークエイト様の左耳を掴むと、陛下は王子を引きずりながら、颯爽と立ち去って行った。

 ああ、陛下。マジ神。

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