第6話 少し前のお話2 Side.C
私は夜型人間だ。鍛練も朝早く起きてやるよりは、夜遅くまでやっていた方が性に合っている。
幸い、騎士が使える鍛練場は、どれも二十四時間自由に使用可能であり、人気の訓練システム、バーチャルフィールドにある仮想戦闘機も、二十四時間使用可能である。
使用している者が少ない深夜に近い時間帯、仮想戦闘機を使うべくバーチャルフィールドに来た私は、今日は誰もいない、使い放題だ、やったー、と歓喜し、架空の敵と何度も戦う事によって剣の腕を磨いていた。
しかし、架空の敵である五人の兵士達との戦闘を終えた時だった。
何やら視線を感じて、私は後ろを振り返る。
もしかしたら私と同じ夜型人間が、ここを使おうと思って来たのかもしれない。
それならばいつまでもここを独り占めにしているわけにはいかない。
譲り合いの精神は大事だ。私もそろそろ次の人に譲らなければ、と軽い気持ちで振り返る。
しかし、その人物を視界に捉えた瞬間、私は驚きのあまりカッと目を見開き、そしてヒュウッと息を飲み込んだ。
私のロイヤルナイト入りを妬んでいる先輩がいても気まずいのに。
それなのにそこにいたのは、その先輩達の遥か上を行く最上級気まずい人物こと、ジークエイト第二王子様だったのである。
「……っ!」
驚きのあまり、何も言葉が出て来ない私を、ジークエイト様は不機嫌そうにじっと睨んでいる。
そんな王子の目を見つめ返す事が出来ず、私は視線をあちこちに彷徨わせてから、一度視線を落とし、そしてもう一度王子へと視線を戻した。
「……」
相変わらず不機嫌そうにこちらを睨んでいるジークエイト様。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。私、何かした?
「あの、こんばんは、ジークエイト様……?」
「……」
とにかく何か話し掛けた方が良いだろうと、私はなるべく笑顔で王子に挨拶をする。
直後、返って来るのは鋭い視線と無言。
しまった。王子に対してこんばんはは変だっただろうか。
「今日はとても冷えますね」
「……」
「月がとてもキレイですね」
「……」
「明日は晴れるそうですよ」
「……」
こんな時、自分のコミュニケーション能力の低さに辟易する。と言うか、私が話している間も、不機嫌そうに睨んで来るジークエイト王子。
ヤバイ。めっちゃ怖い。
(ええ? 私一体何したの?)
何をしたか。それは考えずとも何となく分かる。
いつからいたのかは知らないが、ジークエイト様も仮想戦闘機を使おうと思ってここへ来たのかもしれない。
それなのに私ときたら、王子の気配にも気付かず、夢中になって仮想戦闘機を独り占めしていた。
そりゃ怒って当然である。
「あの、ジークエイト様?」
「何だ?」
そこでようやく、無言以外の言葉が返される。
心なしか、いつもよりも低い声。
やっぱり怖い。
「もしかしてここ、お使いになるつもりでしたか?」
「ああ」
簡潔且つ不機嫌にそう返される。
瞬間、私は勢いよく頭を下げた。
「た……っ、大変申し訳ございませんでしたっ!」
「あ?」
「まさかこんな時間に王子がここを使いに来るとは思わず、一人で好き勝手に使っておりました! 訓練に集中していたとは言え、王子の気配にも気付けず、申し訳ございません!」
「いや、別に……」
「王子の気配にすぐに気付き、そして王子に譲るべきでした! 申し訳ございませんでした!」
私はジークエイト様が好きだ。だからこそ、彼の中ではその他大勢の国民、もしくは沢山の騎士の中の一人という認識でありたい。
それなのに、こんなところで悪目立ちしてしまっては、悪い意味で一個人として認識され、そして嫌われてしまう。
ただでさえ、何故か男性に嫌われやすい体質なのだ。
もしも彼に嫌われてしまったら、ここで騎士として働くなんて辛くて出来なくなるし、そもそも彼から直々に追い出されてしまうかもしれない。
それは嫌だ。
それを回避するためにも、ここは素直に謝るしかない。
「心外だな」
しかし次に聞こえて来たその言葉に、私は勢いよく顔を上げる。
好意を寄せるイケメンの怒り程、怖いモノはない。
顔を上げた先にあったジークエイト様の青い瞳に、私の背中をピリリとした悪寒が駆け抜けた。
「違う。このくらいじゃ怒らないという意味だ」
「このくらい、じゃ……?」
と言う事は、ジークエイト様の怒りは別のところにあるという事になる。
じゃあ何だろう? 私は何をして、彼を怒らせてしまったのだろうか。
(まさか……っ!)
と、思い付いたその理由に、私はゾッとする。
私はジークエイト様に好意を持っている。こうして二人で話をしている事に恐怖を感じてはいるものの、心のどこかでは嬉しいと思っている自分がいるのもまた事実だ。
過去の体験から、少し眺めていただけでも男性に不快感を与えてしまう私は、ジークエイト様には嫌われたくなくて、彼を視界に入れないようにしていた……つもりだったのだが、もしかして、普段から無意識に彼を見てしまっていたのだろうか。
(それで視線が気持ち悪いから怒っている、とか……?)
それでここに来たら偶然私がいて、丁度良いから忠告しようと思っている、とか……?
「あ、あの、それはえっと、もしかして私……」
嫌な予感を覚えつつも、私はジークエイト様に視線を戻し、そしておそるおそるそれを確認した。
「もしかしてジークエイト様のこと、見ていましたか?」
「ああ、見ていた。と言うよりはその……見惚れていた」
「がっ?」
まさかの返答に、思わず変な声を上げてしまう。
見ていただけではなく、見惚れていただなんて! 見ないようにしていたつもりが、無意識のうちに見惚れてしまっていたんだわ! 何をやっているのかしら、私は! 最悪じゃないか!
(って事は、やっぱりジークエイト様は、私の視線が気持ち悪いから目を向けるなと、そう言いに来たんだわ!)
王子の怒りの理由に合点がいき、私は真っ青になる。
たぶんもう嫌われているだろうから謝っても無意味だろうが、それでも謝るに越した事はない。
せめて城から追い出される事態だけは回避するべく、私は勢いよく頭を下げた。
「大っ変申し訳ございませんでした!」
「は?」
「以後気を付けます故、どうかお許し下さい!」
「は? あ?」
「この度は誠に申し訳ございませんでした!」
「おい、ちょっと待て!」
「っ!」
とにかく早くこの場から逃げたいと、一目散に走り去ろうとした私だったが、ジークエイト様はそれを許すつもりはないらしい。
ドスの聞いた声で呼び止められた私は、震えながらその場に足を止めた。
「名前は?」
名前? もしかして名前を聞いて、後で罰を下すつもりなのだろうか。
「所属は?」
所属まで聞いて来た。やっぱり罰を下すつもりらしい。
しかしそうは分かっていても、さすがに王子の質問に嘘を吐くわけにはいかない。
私はもう一度彼を振り返ると、観念してその問いに正直に答えた。
「ロイヤルナイト所属、チェルシー・ヘンダーソンと申します」
終わった。
減給か降格か、もしくは解雇か。
どの道、私の恋は終わりだ。
「……失礼します」
今度は引き止められる事なく、私はガックリと落ち込みながらその場を後にする。
その後、私はロイヤルナイトの隊長であるアーサー隊長にその日の事を話した。
隊長には「何をやっているんだ」と怒られたが、きっと彼が裏で手を回してくれたのだろう。おかげでジークエイト様から直接的な罰を下される事はなかった。
けれども、二度とジークエイト様と鉢遭わせないようにするべく、夜型から朝型に変えようとした私は、その変更に手間取ったせいで次の査定に失敗し、勝手にロイヤルナイトから普通の騎士団へと降格してしまったのである。(でもその次の査定で、再びロイヤルナイトに入隊した。)
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