第3話 少し前のお話1 Side.C

 ロイヤルナイトに昇格してから、割とすぐの事だった。

 私達、ロイヤルナイトの新隊員達はアーサー隊長に連れられて、第一王子であるクリスフレッド様と、第二王子であるジークエイト様の剣の打ち合い稽古の見学に行った事がある。

 そう、合法的にイケメン王子をガン見出来るチャンスである。


 二人の王子の事は、当然知っていた。けれども邪魔にならない位置からとは言え、割と近くで二人を見たのは初めての事だった。


 オールバックに固めた銀色の髪に、爽やかな碧色の瞳。ガタイも良く、筋肉質で健康的な小麦色の肌をしているのが、兄王子であるクリスフレッド様。

 それに対して、顔立ちは整っているものの、細身で色白の金髪碧眼の青年が、弟王子であるジークエイト様。


 見た感じでは、肉付きも良く、五つも年上であるクリスフレッド様の方がお強いのだろうと、当然私は思っていた。


「隊長、実力の差がありすぎませんか?」

「まともに戦っては、ジークエイト様に勝機はないのでは?」

「何だ、お前達は、ジークエイト様が剣の天才と謂われている事を知らないのか?」

「いや、それは知っていますけど……」

「でも、さすがに兄王子様には勝てないのではありませんか?」

「いいから、黙って見ていなさい」


 兄であるクリスフレッド様の圧勝。

 そう思ったのは私だけではないらしく、他の隊員達からもジークエイト様を心配する声が上がる。


 しかし、いざ始まった二人の剣の試合に、私達は目を疑った……いや、目を疑ったのは他の隊員達で、私だけは見惚れていた。


 パワー型のクリスフレッド様が剣術に長けており、お強い事は確かだろう。

 けれどもジークエイト様は、その上を行っていたのだ。


 クリスフレッド様程の腕力こそはないが、ジークエイト様は、それをスピードで補っていた。


 流れるような剣捌きに、相手から一秒たりとも逸れぬ鋭い眼光、陽の光にキラリと輝く金色の髪。


 その全てに、私は釘付けになっていた。


「キレイ……」


 思わず零れてしまったその言葉に、異を唱える者は誰もいない。ただ隊長だけが、フッと小さな笑い声を漏らした。


「クリスフレッド様も、もちろんお強い。しかし、ジークエイト様はその上を行く。そしてお二人を含め、主に王家の方々をお守りする立場にある我々は、更にその上を行かねばならない。その点、ロイヤルナイトとして心得ておくように」


 隊長の言葉が終わらぬうちに、ジークエイト様の剣……木刀の切っ先が、クリスフレッド様の喉元に突き付けられる。


 試合終了。予想に反して、弟王子であるジークエイト様の勝利である。


「何、アレ、すごい……」

「顔だけじゃなかったんだな……」

「もう一回見たい……」

「つーか、アレより強い隊長って、最上級ゴリラじゃねぇか」

「よし、これから百キロマラソンだ。貴様ら全員ゴリラの部下にしてやる」

「ええーっ?」


 誰だ、今の失言したアホは! と悲鳴が上がる中、私はまだ呆然とジークエイト様を見つめていた。


 彼の瞳がこちらに向く事は決してない。

 けれどもこちらを見ようともしないその横顔に、私は見惚れていた。今さっきまで魅せられていた剣を振るう彼の姿が、頭に焼き付いて離れない。


(私は、この人に仕えたい)


 美しいこの人を。

 トクトクと、胸の鼓動が鳴り止まないこの人を。

 だから私はもっと強くならなくちゃいけない。この人よりも強くならなければ、この人に仕える事など出来ないのだから。


 しかし、私がそう思っていられたのは、最初の僅かな時だけだった。

 ジークエイト様に抱いた憧れと尊敬の念。

 彼の事を想ううちに、それは割と早い段階で、恋心へと変わってしまったのだから。


(女性に人気があるのも、みんながきゃあきゃあ言うのも、お姿を拝見するだけで緊張してしまうのも、みんな分かる。だって私も、その気持ちは同じだもの)


 ジークエイト様が好き。

 しかしそう気付いてから、私はすぐに彼を視界に入れぬように努めた。


 いつもそうだ。私が好意を持った男の人は、みんな嫌がる。見るな、迷惑だ、気持ち悪いと、いつもそう言われて来た。酷い時には、特に意識していない男にまで勘違いされ、煙たがられるくらいなのだ。


 だからこの想いが万が一にも彼に気付かれてしまったら、きっと彼も嫌がるのだろう。迷惑だと、不快感を露わにするのだろう。


(意識して、彼を視界から外さなきゃ。じゃないと私はまた、彼を目で追ってしまう)


 今はまだ普通のロイヤルナイト。けれども気付かれてしまえば、迷惑で気味の悪いロイヤルナイトになり下がってしまう。

 そうなれば騎士団からも追い出されてしまうかもしれないし、何より彼から冷たい目を向けられる事に、自分が傷付く。


 そんな想いをするのは嫌だ。だからこの恋心は、ジークエイト様にお仕えしたいと言う想いと共に、根こそぎ捨ててしまわなければならない。


(第一王子であるクリスフレッド様も、近い将来に王位を受け継ぎ、そしてきっとご結婚される。きっと素敵な王妃様をお迎えするのでしょうね。だから私はロイヤルナイトで功績を積んで、いずれは王妃様の専属従者になるの。そうよ、ジークエイト様ではなく、王妃様にお仕えすれば良い。王妃様だってきっと、命を賭して守りたいと思える程、素敵な人のハズだもの)


 そう、私の夢はまだ見ぬ王妃様の専属従者となる事。

 そして、その日が来るまでこのロイヤルナイトに在籍し続ける事。


 それが私の夢であり、目標である……と、私は自分自身にそう思い込ませた。

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