第2話 好き、好き、好き Side.Z
キンキン、と剣の交じり合う音が辺りに響く。そしてそれと共に上がるのは、女性達の黄色い歓声。
正直、自分のために上げられているこの黄色い歓声は嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。大好きだ。もっとくれとさえ思う。
以前、オレの専属従者であるリドルが、「キャンキャンと騒がれて迷惑だ」とか、「見世物じゃないんだから止めて欲しい」とか愚痴っていたが、オレにはそっちの感情の方が分からない。だって不特定多数の女性に、「カッコイイ」とか、「素敵」とか、「今日もビジュ良い」とか言われるんだぞ。普通に嬉しいじゃないか。
「きゃあああ、ジークエイト王子様あっ!」
「素敵ぃぃぃぃぃぃッ!」
「今日も顔面がお強いーっ!」
鍛練場にて。ロイヤルナイトの隊長を務めるアーサーとの剣の打ち合い稽古を始めると、どこからかオレの剣の公開稽古の話を聞きつけた、女性従業員達がわんさかと集まって来る。
邪魔にならないところで稽古の見学を始めた彼女達の中に、もしかしたら今日は彼女の姿もあるかもしれない。
もしも彼女が来ていたとしたら、彼女にはオレのカッコ悪い姿なんて見せたくはない。
だから必死にアーサーと剣を交えるが、相手はロイヤルナイトの隊長を務める男。神童とか、天才と謳われるオレでも、そう簡単に勝てるレベルの相手ではない。
当然奮闘虚しく、オレは今日も剣を弾き飛ばされ、喉元に剣の切っ先を突き付けられてしまった。
「まだまだですね、ジークエイト様」
「お前が相手なんだ。頑張った方だと誉めてくれても良いんじゃないか?」
「私の事、いくつだと思っています? もういい歳なんですよ? 逆にそろそろ超えてくれても良いんじゃないですか?」
「副隊長であるヤマトでさえも、お前に勝てた事ないんだろ? 無理言うなよ」
「相変わらず口答えだけはお上手ですね。そもそも、気が散っていたのが、敗因なのではありませんか?」
「……」
さすがはロイヤルナイトの隊長を務める男。痛いところを突いて来る。おかげで、ぐうの音も出やしない。
ぐうの音も出ないついでに、スッと剣を引かれたところで、オレは見学に来ていた女性陣に目を向ける。
美しい黒の長い髪を一つに結い上げた、凛とした黒目が印象的な女性騎士。
黒いロイヤルナイトの隊服に身を包んだ彼女の姿を探してみるが、残念な事に今日も彼女の姿は見付けられなかった。
(いや、アーサーに負けたんだ。逆にカッコ悪いところを見られなくて良かったのかもしれないな)
そう考えれば今日もいなくて良かった、とオレは安堵の息を吐く。
と、その時、ふととある女性騎士の姿が目に留まった。
桃色の髪と桃色の目をした、背の低い女性騎士。
オレも騎士隊員全員の顔と名前を覚えているわけじゃないから、彼女の名前までは知らないが、彼女は確か美しい黒髪の騎士こと、チェルシーと親しい新人騎士ではなかっただろうか。
(どうせなら、チェルシーも一緒に連れて来てくれれば良いのに)
桃色の彼女とチェルシーが一緒にいるところはよく見るから、おそらく二人は仲が良いのだろう。
だったらチェルシーも誘って一緒に見学に来てくれたら良いのにと、理不尽な文句を心の中で呟いたところで、アーサーから呆れを含んだ溜め息が零れた。
「女の子達に現を抜かすのもいい加減にして下さい。稽古の続きを始めますよ」
「女の子達がこうして応援に来てくれているんだ。現を抜かすのは当然だろう」
「何を開き直っているんですか。そんな事を言うのであれば、公開稽古ではなく、非公開稽古にしますよ」
「は? それは困る。そんな事をされたら、やる気が半減するだろう」
チェルシーが見に来るかもしれないという可能性が、完全になくなるのは嫌だ。
「半減しないで下さい。少しはお兄様を見習って……」
「兄上も女子にきゃあきゃあ言われるのは好きだぞ」
「……あなたの専属従者であるリドルを見習って下さい」
「アイツは男として終わっている。見習いたくもないな」
「あなたと同年代ですけど、リドルは妻子持ちです」
「……」
まったく、痛いところを突いてくれる。
アーサーには剣でも勝てないが、口でもまだ勝てないようだ。
「ところでアーサー。ロイヤルナイトの隊員達は、今日は何をしているんだ?」
「今日ですか? 今日はこれといった任務が入っていませんので、それぞれ勉学や鍛練に励んでいると思いますよ」
「そうか……」
ならばチェルシーはどこにいるのだろう? 努力家な彼女の事だ。きっとどこかで鍛練をしているハズだ。
ここにいないのであれば……バーチャルフィールドの方だろうか。
「よし、アーサー、剣の鍛練はここまでにしよう。オレはバーチャルフィールドに行きたい」
「はあ? 何寝ぼけた事を言っているんですか。稽古はまだまだこれからです。それにバーチャルフィールドは今、他の隊員が使っているハズです。鍛錬場を独占しているのに、他の場所まで独占するのは止めて下さい」
「別に独占などしていないだろう。見ろ、鍛練場はとても広い。オレが使っていないところで、自由に鍛練すれば良いじゃないか」
「あなたは王子なんですよ? みんな遠慮するに決まっていますし、第一女の子達にきゃあきゃあ言われている中で鍛練なんか……あ、それでしたら我がロイヤルナイトの隊員と手合わせでもしてみますか? 唯一の女性隊員、チェルシーの事は知っていますよね? ああ見えて彼女はかなり腕が立つんです。今度一度手合わせを……」
「嫌だ。絶対にしない」
好きな子と剣で戦えだって? チェルシーと近距離で打ち合えと?
冗談じゃない。胸がドキドキしてそれどころじゃなくなるわ。
「何ですか、ジークエイト様。もしかしてまだ根に持っているのですか? 将来は国の中枢をお支えする立場になると言うのに。今からそんなに心が狭くては、将来が心配でなりません」
「誰も何も根になど持っていない」
と言うか、そもそも何を根に持っていると思われているのか。
まあ、身内にはよく目つきが悪いと言われているから、何か勘違いされている事があるのかもしれないが……。
それでも何でそう思われているのか、オレには全く分からないのである。
(それに、万が一にでもチェルシーに傷を負わせてしまったらどうするんだ? 責任なんか取れないぞ)
いや。責任を取って嫁に貰えば良いのか。
(いや、駄目だ)
名案だと思われたその案だが、オレは自分ですぐにその案を却下する。
何故ならそれは、彼女が望んでいる未来ではないからだ。
彼女、チェエルシーはロイヤルナイトの紅一点、つまりは唯一の女性隊員だ。彼女の夢は、次期女王の専属従者……つまり、オレの兄である第一王子の妻の専属従者になる事だったのだが、それはとある事情により叶える事が出来なくなってしまった。(ちなみにこの国で言う専属従者とは、身の回りの事から護衛までの仕事を全て行い、常に付き従っている名誉ある役職の事を言う。)
そのためチェルシーは、次期女王の従者となる夢を潔く諦め、今はロイヤルナイトに在籍し続けるという目標を叶えるべく、日々鍛練に励んでいるのだ。
(下手に声を掛けて、邪魔するような事はしたくないしな)
アーサーに聞いた話では、ロイヤルナイトになる事も、そこに在籍し続けるという事も、そう簡単な事ではないらしい。ロイヤルナイトの称号を与えられる人数が予め決まっている上に、その志願者が多いからだ。
半年に一度行われる査定。そこで現隊員と志願者が競い合い、次の半年のロイヤルナイトのメンバーが決められる。
能力の低い男性騎士からは妬みの目を、そして女性騎士や城の従業員からは憧れの目を向けられているチェルシーは、ロイヤルナイトから振るい落とされぬよう、いつも懸命に稽古に励んでいる。
そう、『いつも』見ているのだ。だから彼女がその位置を守るべく、どれだけ努力しているのかも、オレは知っている。
だからその努力を、オレがこれ以上邪魔しちゃいけない。
(チェルシーが、僅かでもオレに好意を向けてくれる素振りがあるのならともかく、そうじゃない限りは、オレから彼女に声を掛けてはいけない。万が一にでも、オレの好意が彼女の邪魔になってはならない)
だから彼女から近付いて来ない限りは、自分から話し掛けるなどしてはいけない。
自分のせいで、二度も降格させるわけにはいかないのだ。
(オレには、彼女を遠くから見守る事しか出来ないんだ)
――ガタガタうるせぇな。欲しいんなら、攫ってでも奪えば良いじゃねぇか。
(相手はロイヤルナイトの手練れだぞ。そんな簡単に攫えるかよ)
半ば、有言実行した兄貴の言葉を振り払うようにして。
オレは黄色い声援を浴びながら、アーサーとの公開稽古を再開した。
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