私が王子様と結婚出来るわけがない

かなっぺ

第1部

第1話 好き、好き、好き Side.C

 好きな人がいました。告白したら断られました。

 好きな人がいました。遠目で見ているだけで幸せだと思っていたら、ある日突然呼び出されて、「見るな、キモイ」と告げられました。

 特に好きでも嫌いでもない人がいました。日常会話程度の話を繰り返していたら、ある日突然呼び出されて、「勘違いすんなよ。オレ、お前の事好きじゃねぇからな」と言ってフラれました(謎)。

 どうやら私は、男受けが非常に悪いようです。






 一触即発。


 そんな一年程前までの雰囲気が嘘だったかのように、我がリーデル国は平和だ。これまではいつ内乱が勃発してもおかしくなかったと言うのに。

 それもこれも、全てはリーデル国第一王子こと、クリスフレッド王子殿下のおかげだろう。

 だから私は、例えクリスフレッド様が私の夢をぶち壊した張本人だとしても、彼には感謝しなければならないのである。

 しかし夢が潰えたとは言え、鍛錬を怠るわけにはいかない。少しでも気を抜けば、私の位置はすぐに他の者に奪われてしまうのだから。


 私の名はチェルシー・ヘンダーソン。リーデル国の王国騎士団、その中でも特に優秀であると認められたロイヤルナイトの隊員である。


 国王陛下の名の下に国を守る騎士団に対し、ロイヤルナイトは特に王族を守るために作られた特別な騎士団だ。当然、名誉な地位であるし、お給料も高い。男性であれば女性にモテモテだろう。だからこそ、このロイヤルナイトに志願する者はかなり多い。


 しかし残念な事に、ロイヤルナイトとなれる定員の数は決まっている。

 そこで行われるのが、半年に一度ある『査定』と呼ばれるロイヤルナイトの入れ替え戦だ。この査定では現在のロイヤルナイトと志願者の能力を競い合い、その能力の高い者から順にロイヤルナイトとして決まって行く。

 つまり、一度ロイヤルナイトになれたからと言って、油断は出来ない。その査定で志願者の方が有能だと判断されてしまえば、私は通常の王国騎士団に降格されてしまうのだ。


 それは嫌だ。ただでさえ、「女のクセに」とか、「ブスの上に脳みそまで筋肉かよ」とか、私より能力の低い男性隊員に厭味ばかり言われているのに。

 一度査定に失敗し、降格した時なんて、「女のクセに出しゃばるからだ」とか、「大人しく男に嫁いどきゃ良いのに。貰ってくれる男なんていないだろうけど(笑笑笑)」とか、「ざ・ま・あ(ハート)」などと、散々な言われようだった。

 そんな事になるのは二度と御免だ。そうならないためにも、今度こそこの地位は死守し続けなければならない。


 幸いにも今、この国は平和だ。今日だってこれと言って大きな仕事はなく、自由に使える時間が沢山ある。

 この沢山ある時間を有効活用し、今日も今日とて己の肉体を鍛え上げようと思う。


(あれ?)


 しかし自由に使える合同鍛練場に向かう途中、私はいつもとは違う光景に足を止めた。


 いつもなら鍛練場に向かうのは、私と同じような騎士や兵士だけだ。女性もいない事はないが、どちらかと言えば男性の方が多い。

 けれども今日は男性の姿はなく、きゃあきゃあと黄色い声を上げながら走って行く、女性の使用人の姿ばかりが目に入る。


 そしてその光景に、私はすぐに気が付いた。

 ああ、今は鍛練場には行ってはいけない時か、と。


(えー、どうしよう。空いてないと思うけど、バーチャルフィールドの方行ってみようかな)


 けれども私がそう考え、踵を返そうとした時だった。


「あれぇ、チェルシー先輩じゃないですかあ?」


 自分を呼ぶ愛らしい声に、私はゆっくりと振り返る。

 柔らかな桃色の長い髪に、パッチリと大きな桃色の瞳。私よりも背が低いクセに女性らしい豊満な体つきをした彼女の名はフローラ。真っ白な隊服が特徴的な、今年王国騎士団に入隊したばかりの新人騎士である。


「えー、どうしたんですかあ、男に興味のない先輩が、ジークエイト様の公開稽古を見に行くなんて? 変なモノでも食べたんですかあ?」


 コテンと可愛らしく首を傾げるフローラの姿に、私は「やっぱりそうか」と内心溜め息を吐く。


 リーデル国第二王子こと、ジークエイト王子。サラリと流れる金色の髪に、鋭くて細長の青い瞳。整った顔立ちと長身、その上周りから、『神童』とか『天才』と謳われる程剣が強い事から、女性人気の高い王子だ。


 そんな女性に人気の高い王子が、誰でも入れる鍛練場で剣の公開稽古をしている。

 その話を聞けば、彼を好きな者はみんな鍛練場へと殺到するだろう。例え仕事中であっても、無理矢理休憩をもぎ取って鍛練場へと走る。少なくとも嫌われていなければ、私だってそうする。だから彼女らの気持ちはよく分かる。


「あ! もしかして脳筋のチェルシー先輩も、遂にジークエイト様の魅力にやられちゃったんですか? そうですよね、だってジークエイト様めちゃくちゃカッコイイですもん。ああ、さすがジークエイト様。筋肉で固まったチェルシー先輩の心をも溶かす事が出来るなんて……。惚れ直しちゃう!」

「……」


 大切な事なのでもう一度言う。


 今、目の前にいるこのピンク騎士の名前はフローラ。今年騎士団に入隊したばかりの新人騎士……つまり、私の後輩だ。

 友達でもなければ、親しくしている後輩でも何でもない。彼女は、業務連絡さえ交わせば仕事に差し支えないレベルのただの後輩なのだ。それなのに脳筋だとか、筋肉で固まった心とか、失礼すぎるだろ。

 更に言わせてもらえば、こっちは先輩だぞ。職場で会ったらまずは「お疲れ様です」などの挨拶から入るべきなんじゃないのか? 少なくとも、「頭でも打ったんですかあ?」から入るべきではない。


(駄目よ、チェルシー、落ち着いて。フローラは先輩である私に対して、頑張って丁寧語で話している。それだけでも評価してあげるべきだわ)


 ぶっ飛ばしたい気持ちを抑えて、自分の思考を無理矢理変える。


 間違ってもここで、「そういう言い方は止めてくれる?」とか、「挨拶は後輩からするモノよ」などと言ってはいけない。

 そんな事を言おうモノなら、「チェルシー先輩に怒られた」と泣きながらトイレに籠られ、何故か大事になり、どういうわけか私が謝らなければならない展開になるからだ。

 以前、経験済みである。


「でも良かったですね。ジークエイト様にときめくって事は、先輩もまだ女として終わってないって事ですから! 諦めないで下さい!」

「そうですね」


 悪気があって言っているわけじゃないのが、余計タチが悪い。

 言いたい事は多々あるが、下手に反論するとまた面倒だし、ここは無心で「そうですね」と言っておくのが一番だろう……と、最近学んだ。


「そうだ、先輩! せっかくだから一緒に見に行きませんか?」

「ごめんなさい、私は遠慮しておくわ」

「えっ、何で?」

「私は剣の稽古をしようと思って、鍛練場に向かっていただけなの。ジークエイト様の稽古を見に行くためじゃないわ」

「あれっ? そうだったんですか?」

「そうよ。だからバーチャルフィールドの方へ行こうかと思っていたところだったのよ。ジークエイト様がいらっしゃるのなら、鍛練場で剣の稽古なんて出来ないからね」

「ええー、マジですかあ? 稽古、稽古って、先輩、どんだけイカレているんです? それにジークエイト様がいると分かってて行かないだなんて……。先輩、それ、やっぱり女として終わってますよ!」

「……。そうですね」

「もうっ、先輩ももっと頑張らなくっちゃダメですよう! 少しは私を見習って下さい!」

「そうですね」

「来る気がないのなら、呼び止めないで下さいよね! もうっ!」

「そうですね」

「じゃあ先輩、私はもう行きますから! もうっ、無駄な時間過ごしたー!」

「……」


 コイツ……来世で私が巨人に転生したら、容赦なく踏み潰してやる。


(いけないわ、チェルシー。トイレに籠らず元気に走り去っただけでも、評価してあげるべきだわ)


 フローラと別れ、再び力づくで自分の思考回路を変えてから、私はみんなとは逆方向に歩いて行く。


 フローラにはああ言われたが、私だってジークエイト様に興味がないわけじゃない。むしろ、私だってみんなと同じようにジークエイト様の事はカッコイイと思うし、憧れと尊敬の念だって抱いて……いや、遠回しな言い方は止めて正直に言う。

 私はジークエイト様が好きだ。身分の差がどうこうとか、彼とどうこうなりたいとまで言うつもりはないが、普通の女子が普通の男子に淡い恋心を抱くくらいには、ジークエイト様の事を好いている。


 だから私だって本当はジークエイト様の稽古を見に行きたいし、他の子達と同じようにきゃあきゃあ言って、お菓子を食べたりお酒を飲んだりしながら、「今日のジークエイト様もカッコ良かったねー」とか、「あそこが素敵だったわ」と、楽しくお喋りがしたい。


 けれども、それが出来ない理由が、私にはあった。


(私、昔から男受けが悪いのよねー)


 何故かは知らない。容姿だって、みんなが言う程に悪くはないと思うし、性格だって、私よりも悪いヤツは五万といると思う。

 それなのに私は何故か男にモテない。友達にならなれるが、何故か好意を持つと、迷惑がられてしまうのだ。


 一応伯爵家の出である私は、騎士となる前はどこかの家に嫁ぐべく、出会いを目的としたパーティーにも顔を出していたし、学校にも通っていた。その中で、好意を抱く男子にも何人か出会った。しかし、そのどれもが上手くいかなかったのだ。


 好きだと告白してフラれるのは分かる。父が持って来た縁談に、会わずして断られたのも、まあ良しとしよう。(でも、せめて会えとは思っている。)

 でも、「あ、この人良いなあ」と思ってちょっと見ていただけで嫌な顔をされたり、使用人や友達を介して「見るな、キモイ」と告げられたり、「あの女だけはねぇわ」と陰で笑われるのはムカつく。

 更には好きでも嫌いでもない男に呼び出され、「勘違いして欲しくねぇんだけど、オレ、お前の事別に好きじゃねぇからな」と言われたのは、マジで意味が分からない。何か勘違いされるような事でもしたかと考えてみたが、特に何かをした覚えもない。たぶん一生考えても分からないと思う。


(まあ、そんな男達の態度にムカついて、そのイライラを剣術にぶつけたら思いの外上達しちゃって、女性初のロイヤルナイトになれたから、別に良いんだけどね)


 でもそのせいで更に男が寄り付かなくなったり、父に勘当同然で家から追い出されたりした事については、敢えて触れないでおく。


(でも、良いなあ、ジークエイト様の公開稽古。私も見に行きたいけど……でも、ジークエイト様に嫌われている手前、遠くからでも見ているのがバレたら死活問題だ。止めておこう)


 そう、私は男受けが悪い上に、ジークエイト様に嫌われている。

 何故嫌われているのかは分からないが、何故だか嫌われている。


 だから騎士団に就職している今、これ以上彼に嫌われる事だけは避けなければならない。

 王子に「視界に映るだけで不快」なんて言われた日には、下手をすれば解雇になるからだ。

 簡単に職を失い、路頭に迷う事になってしまう。それは困る。どうせ実る事のない恋なのだ。自立するためにも、余計な事はしないでおこうと思う。


(それにしても、最近公開稽古多くない?)


 第一王子であるクリスフレッド様が結婚し、国内情勢が落ち着いたせいもあるのだろうが、最近ジークエイト様の公開稽古が前より頻繁に行われている気がする。

 おかげで私が鍛練場を使える時間が減っている。まあ、鍛練場が使えなきゃ使えないで、別の場所で鍛練するから別に良いんだけど。


(やっぱりまだ怒っているのかしら? だからわざと公開稽古の数を増やして、私に鍛練場を使わせないようにしている、とか……?)


 と、そこまで考えてから、私はその可能性を否定する。

 王子だって暇じゃないんだ。嫌いな人間のために貴重な時間を使ってまで、そんな嫌がらせなんかしないだろう。


(とにかくこれ以上は嫌われないようにしなくっちゃ。隊長を介してはっきりと「見るな、キモイ」なんて言われたら立ち直れないもの)


 でも、もしそのような事があった暁には、きっぱりと騎士団も辞めて就活しよう。うん、それが良い、そうしよう。


 そんな事をウダウダと考えながら、私はバーチャルフィールドへと向かう事にした。

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