貴方の「夏」に存在したかった

zol

完結

夏は好きだ。正確には夏の間に少しだけ被る梅雨が好き。雨が降る日は、決まってあの人が

行きつけの本屋にいるから。


雨が降った日は、家をギリギリに出て乗れたはずの電車に乗らず「あぁ、また乗れなかった」「乗れなかったから仕方ないか」と理由を付け本屋へ向かう。本屋では、全く人気のない人も通らないような小説コーナーの前に立ち、そこで漫画を読む事が日課となっていた。


また雨が降り、いつも通りその場所に行くと1人の女の人が小説を読んでいた。珍しいなと思いながらもいつも通り漫画を読んでいると「君、 雨の日だけいつもここにいるよね」と突然話しかけられた 「雨の日は昼から学校に行くことにしてるんです」その人は笑った 「何それ、子供はちゃんと朝から学校に行きなさい」 「そういう貴方はここで仕事サボってるんですか?人の事言えませんよ」「私は大人だからいいんです」そう言ってまた笑った。名前を聞かれたから、僕も名前を聞くと「私はお姉さんなのでお姉さんと呼びなさい」と言われ名前は教えてもらえなかった。


雨が降る日が続き、テレビで梅雨のニュースが増え始めた頃には、お姉さんと仲良くなりマンガを読むのではなくお姉さんと話すために本屋に行くようになっていた。「まーたサボって。この悪ガキが」 「お姉さんこそまた仕事サボったんですか?」笑いながら話すこの時間が好きだった。


お姉さんは話している時、時々寂しそうな顔をする時がある。「何かあったんですか?」と聞くと「子供が大人の心配をするんじゃない、自分の心配しなさい」と笑いながら話しを逸らされる。


お姉さんは、ある時からピタリと来なくなった。僕は雨の度に何度も何度も本屋へ行ったが、お姉さんはそこにいなくて、お姉さんと合わないままとうとう梅雨が終わり夏が終わりいつの間にか冬を迎えようとしていた。僕はお姉さんと会う事を諦め、自分の思い出として胸の中に閉まっておこうと思った。


休みの日、いつもみたいにおじいちゃんのお見舞いに行った時、聞き覚えのある声が聞こえた。おじいちゃんの病室の廊下を渡り、右に曲がった場所にある病室からその声は聞こえて

きた。通りすがりを装い中を見てみると、そこには本屋さんにいたお姉さんがベッドに横たわっていた。


考えるよりも先に声が出ていた 「お姉さん!」 お姉さんは僕の方を見るなりびっくりした表

情を浮かべた後、優しく笑った。「君はなんでこんな場所にいるの?」僕はお姉さんの話を

遮り「お姉さん病気なの?どこか悪いの?」さしぶりに会えた喜びとお姉さんが病気なのかもしれないという心配で感情がぐしゃぐしゃになっていた。「私は全然大丈夫だよ」「昔からちょっと心臓が弱くてね」 持病を持っているなんて全く知らなかった。少しの間だけ入院する検査入院だと聞いてホッとした。またお姉さんと会えた事がほんとに嬉しかった。


夢中になっていて気付かなかったが、うちと同じ高校の制服をきた女の子がいる。「いきなり入ってきてすいません」 「お姉さんのお友達ですか?」と聞くと「うん友達だよ」「君は?」 と言われた時お姉さんと僕はどういう関係なのか答えに困った。「あぁ最近仲良くなった友達だよ」お姉さんは僕との関係を友達だと言う。「あの、お友達さん遊佐高の生徒ですよね」 「僕も遊佐高なんですよ」友達はびっくりしたように「ほんと?! 同じじゃん」「何年生なの? 私3年だよ」「僕は2年生です」「だから柚李 (ゆい) のことお姉さんって言ってたんだね」 その時初めてお姉さんの名前が柚李ということを知った。「柚李の後輩なの?」と聞かれたお姉さんは焦って「後輩じゃないよ、たまたま本屋で会って仲良くなったの」 「へぇ~そうなんだ」お姉さんの友達はニヤニヤしながらお姉さんに言う。「ごめん!莉沙!(りさ)今からお昼ご飯だから、また今度遊びに来て!」お姉さんが何をそんなに焦っているのか分からなかったが、慌てて友達を帰そうとする 「そしたらまた今度来るね」「後輩君もこれから仲良くしようね」 「お大事に〜」と言って病室を出ていった。


お姉さんは友達が出ていった瞬間はぁーと大きなため息を付き、僕に話しかける。「今のはね仲良い後輩の子なんだよね」 お姉さんに僕は聞いた「お姉さんって今何歳なんですか?」お姉さんは何秒か考えた後に「秘密」 と言ってきた。「お姉さんってほんと自分の話しないですよね」「お姉さんの事について知りたいです」そう言うと困った顔をして「君の事をもっと教えてくれたら私の事も教えるよ」 と言った。


それから僕は自分の歳やなんでこの病院にいるか、なんで昼から学校に行っていたかやお姉さんに自分の事を沢山話した。お姉さんは僕の話を笑顔で、またあの本屋さんの時みたいに楽しそうに聞いてくれた。「次はお姉さんの番ですよ」お姉さんは恥ずかしがりながら「私自分の話友達とかにもあんまりしないから苦手なんだよな」「でも君はちゃんと自分の話を私にしてくれたから私も頑張って話すね」と照れながら言う。お姉さんの名前は柚李(ゆい) と言う名前で歳は23歳、仕事をしているが、会社が嫌いで朝よくサボっていたらしい、でもお姉さんは自分の病気の事については教えてくれなかった。だから、僕も知られたくないのかなと察し聞かない事にした。お姉さんの事を知れば知るほど気になってしまう。お姉さんに勇気を出して聞いた 「お姉さんって好きな人とかいないんですか?」 少し間が空いた後にお姉さんは口を開いた 「好きだった人はいるかな」「少し前まで付き合ってた人、あんまり上手くいかなくてね別れちゃったんだけど お姉さんが無理に笑っているような気がした。「でも、 お姉さんと付き合えるなんてその人は幸せ者ですね」「僕だったら絶対手離しませんよ」と言った直後に赤面し 「ごめんなさいなんでもないです」 とうつむきながら言った。僕は何を言ってるだろう、 自分らしくないというか、普段だった絶対に言わないような事をお姉さんの前では言ってしまう。お姉さんは 「こんなストレートに言ってくれるの凄く嬉しいよ」「付き合う人が君だったらもっと上手くいってたかもね」といつもの子で言ってくる。僕はお姉さんの話す事一つ一つにドキドキしてしまう。お姉さんに心臓の音が聞こえなそうなくらい、胸の鼓動が高鳴っているのが分かる。やっぱり僕はお姉さんの事が好きなんだ。自分の気持ちに素直になろう思った。


お姉さんの検査入院が終わった後は、2人で映画や遊園地いろんな場所に行った。どれも目まぐるしいほどに素敵な思い出で、お姉さんといればどこに行っても楽しかった。何回かデートを重ね、 今日の夜僕はお姉さんに告白しようと決心していた。「お姉さん、最初本屋で出会って、そこから話している中で途中から本屋にサボりに行くんじゃなくて、お姉さんに会いたくて本屋さんに行ってたんだよ」 「お姉さんと病室でまた会えた時は心の底から嬉しくて、お姉さんと話す時間は凄く楽しくて、時間がいくらあっても足りない」 「もっとこれからもお姉さんの事知りたい」「お姉さんの事が好きです、僕と付き合って下さい」これが今の僕に出来る精一杯の告白だ。前日に何回も練習したが、いざ本番となると声が震えて何回も言葉が出てこなかった。


お姉さんは突然泣き出した。「嬉しい、ほんとに嬉しい」「君の好意には気付いていたけど、怖くてまた前みたいになるんじゃないかって」 「私さ心臓が弱いって言ったでしょ、この前先生からもって後5ヶ月くらいって言われたの」「そんな私が好きになっちゃいけないって分かってるけど、君と話す度にどんどん好きになっていって」「どうしようもないくらい君の事が好きなの」と子供みたいに泣きながら僕に伝えてくれた。抱きしめるとお姉さんはまた泣いた。「僕がお姉さんの事幸せにする」 「誰よりも僕がお姉さんの事笑わせるし、絶対に悲しませない」お姉さんは泣きながら笑顔で 「よろしくお願いします」と言ってくれた。


その日の夜、お姉さんの前では泣かないように我慢してたせいか、自分の家に着いた瞬間突然涙が溢れて出てしまっていた。でも、 余命宣告されたお姉さんが1番辛いだろうし僕がお姉さんの前でめそめそしていたらだめだ。僕はそう思い、お姉さんの前ではなにがあっても笑っていようと心の中で誓った。


付き合ってからのお姉さんは、前よりも笑顔が増えて僕と会っている時は凄く楽しそうにしている。年越しの日僕はお姉さんと一緒に過ごした。 一緒にカウントダウンをして、年越し蕎麦を食べて2人で初日の出を見に行った「また、来年も一緒に来れたらいいね」「来年も再来年もまたその次の年も2人でこの日の出を見に来よう」「うん!行く!」年越しから3日後、お姉さんの容体が急変してすぐに入院となった。慌てて病室に向かう。「お姉さん!」いつもの様子とは違い、ぐったりと寝ているお姉さんがいた。起きるまで何時間も待った。ゆっくり目を開けたお姉さんは「何でいるの、学校はちゃんと行ってきたの?」と真っ先に僕の心配をする。「そんなことよりお姉さんは大丈夫なの、体調悪いの」「うーん。なんかそうみたいだね、思ってたより早く死んじゃうかも」お姉さんは誤魔化すように笑っている。「まだ死なないよ、僕がずっと側にいる。だから大丈夫だよ」「京くんは優しいね。その優しさを沢山のひとに分けてあげなよ」お姉さんは今にも泣き出しそうな掠れた声で話す。 「京くん『夏』越したかったな」今まで相当我慢していたのだろう、初めて弱音を吐く所を見た。 「私ね京くんに嘘ついてた。本当は23歳じゃなくて18歳で京くんと同じ高校に通ってたの」 「学校に行くのがきつくなっちゃって。そんな時に君が現れたの」「あの頃の京くんはよく学校をサボってたなあ。今ではちゃんと私の言う事を守って学校に行ってくれて、お姉さん嬉しいです」「君は頭が良いから、ちゃんと良い大学に行って、良い企業に就職して良い人生を送って欲しい」「君の幸せが私にとって何よりも幸せだよ」 僕は我慢できなかった。「柚衣さんがいない世界なんて嫌だ。僕はまだ一緒にいたい」 「どうしたのいきなり子供みたいに泣きじゃくって。よしよし」 お姉さんは自分の死を受け入れたように話す 「来世ではもっと元気な体で生まれてくるから、その時は一緒になって下さい」その次の瞬間、お姉さんのBPMは平行線を辿るように真っ直ぐに動かなかった。


その後の事はあんまり憶えていない。酷く泣き叫んでいたと聞いた。柚衣さんの葬式には行けなかった。1ヶ月が過ぎた頃、やっとの思いで柚衣さんの実家に線香を上げに行った。仏壇に置かれている遺影はあまりにも綺麗で、柚衣さんが微笑んでるように見えた。「わざわざ来てくれてありがとうね。柚衣は君のことばかり私に話していたのよ」「柚衣の部屋そのままにしてあるから、見てきてあげて」そのとき初めて柚衣さんの部屋に入った。可愛らしい薄ピンクのカーテンに白を基調とした女の子らしい部屋だ。僕との写真が壁に貼ってある。柚衣さんの机の上に一つの箱があった。開けてみるとそれは、1冊の本と手紙だった。


「京くんへ

この本は私の人生を助けた大きな偉大なる本です。京くんにもこれを読んで欲しくて、京くんにこの本をなんとプレゼントします。大事に読んでね。後、本当は毎日毎日京くんとの別れてが怖くて泣いていました。でも、京くんが私に笑って話しかけてくれてから、そんな事忘れちゃうくらい京くんと過ごす日々がほんとに夢のように楽しいです。こんな私を好きになってくれてありがとう。来年も再来年もその次の年も、もっともっと一緒にいようね。お誕生日おめでとう京くん。 柚衣より」僕は手紙を握りしめたまま崩れ落ちるように泣いた。


あれから僕は、柚衣さんから言われた通り一生懸命勉強し大学に行き、大手企業メーカーに

就職する事が出来た。未だに、柚衣さんの事を思い出してしまう。そう簡単に忘れる事が出

来ない。それほど僕にとって凄く大事な思い出だった。時々線香を上げに行くが、この前就職出来た事を伝えた時、柚衣さんがニコッと笑った様な気がした。

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貴方の「夏」に存在したかった zol @zaoldyeck

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