第15話 《星の勇者》の遍歴
『私の両親は羊飼いで、私もそんな両親の仕事を引き継ぐのだと思っていた。モフモフが好きだったから転職だと思っていたのに、十二歳の年に私は《星の勇者》として数千の術式と魔力とが解放され――羊飼いとしての夢は潰えた』
滔々と語られる声。
夢かあるいは私の心の心象風景だろうか。
これは私の魂の記憶。
流れ込んでくるのは勇者としての旅路であり、孤独な戦いの日々でもあった。
歓迎されパレードは美しいのに、作り笑顔を貼り付けて手を振る白亜の衣装を身に纏う――勇者。
人間にとっての厄災を片付ける。
人間にとっての平和を守るために、世界の端から端まで戦い続けて平和になったら脅威にされる。
『人間が嫌いだ。けれど一人で長く生きていくのは寂しい。どこかにモフモフがいないだろうか。──それが取っ掛かりで、始まり。私が勇者を引き受けた段階で、あの未来は変わらなかったのかもしれない。……でも、叶うことならモフモフに囲まれて、羊飼いに戻りたいものだ』
それは魂が願い続けてきた旅路。
流れ込んでくる凄惨を極める生き方。
よくぞ、耐えたと私は拍手を贈る。
巨大な宿業を背負わされて、それを捻じ曲げた代償の果て――それが私の代だというのなら、喜ぶが良い。
私は願っていたネザーランドドワーフ似の愛らしいウサギさんたちに囲まれて、幸せに暮らしている。これは確定。
だからこそ、その居場所が崩れたのなら取り戻さなければならない。大事なものを守るために戦わなければならない時があるのだから。
白亜の大魔道士――いや、《星の勇者》が私を見て笑った気がした。
『分かっているのなら、君は大丈夫だな』
勇者だった頃の記憶と戦いの経験値が私へと引き継がれる。
私は鷹揚に頷く。
エリオットの顔が絶望に染まったのを見た瞬間、エリオットに好かれていたんだと今更ながら実感した。
私のことを惜しんでくれた初めての人。
きっと私がいなくなってエリオットが泣いているだろうから、戻らなきゃならない。
私は彼の妻なのだから。
「
***
ハッと目を覚ますと十二の伝説の武器が私を中心に浮遊している。私自身も落下せずに空中に浮いているではないか。
この世界の神々が生み出した《星の勇者》に与えた武具込みの武器。
本来は全てを持ち得る《厄災の獣》を《星の勇者》が倒すことで、人間社会に新たな領域となる魔法という恩恵と、呪いと災いを相反する物を与えるつもりだったのだろう。
よくある神話や伝承は、文化の進化をそのような形で物語に現すことがある。
私の世界でも、ある神様を殺すことで米や稲など五国豊穣を得るなどあるのだから、《厄災の獣》の役割も何となく分かった。
そしてその始まるはずの物語の一ページを私の前世――
それが難しくなったからこそ、
(なるほど、
「……アイリ」
私の肩に子ウサギのグレイがちょこんと乗っていた。珍しくエリオットのように泣きそうな顔をして居るではないか。
耳も珍しく垂れている。グレイにとって
師としてではなく、たぶん――。
「俺は……師匠に会いたかった。ずっと会うために、どんなこともした」
「知っている」
「師匠の一部の魂と記憶。それを使って会うはずだったんだ」
グレイの前肢には、黒ずんだ宝玉が砂になって消えつつあるのが見えた。もし先ほどの夢が魂の一部の断片だとしたら――。
「グレイ」
「俺にとって師匠は一番で、それ以外はどうでもよかった。……でも、エリオットが泣くのだけではダメだったみたいだ。アイツが覚悟を決めたから……俺はそれに応えた」
自分の希望ではなく、グレイは自分の主人格を守るために自分の願いを捨てた。
それが私を助けることに繋がったのだろう。
本当になんて不器用で、優しい子なのだろう。
頭を優しく撫でて、微笑む。
「グレイリーフ。アンタは約束通り、
「──っ、アリーナ?」
グレイの言葉に、私は答えなかった。
これはグレイと
許さない、とそれだけでは、恨まれていると受け取ってもしょうがない。でもアリーナが伝えたかったのは、グレイにも生きてほしかった。
後を追ってきたら、それこそエリオットが一人になってしまうから。だからこそ呪いのような言葉で、グレイの言動を縛りつけた。
何よりあの時は時間がなかったのだ。致し方ないところはある。その辺りの話は後でグレイとしておこう。
「図書館に戻らないと。エリオットがきっと泣いているもの」
「……っ、そう……だな」
「
浮遊していた十二の武器の半分の
これで今の私でもスレイとの戦いに持ち込めるだけの武装はできただろう。
「これで少しは《星の勇者》の代役らしくなったかな。どう、グレイ?」
「実力は全くだが、形だけならマシなんじゃないか」
戦いの経験値は、今から図書館に戻る前にギリギリダウンロードが完了するだろうか。後はぶっつけ本番しかないだろう。
全くもって本当に、とんでもない大仕事を残してくれたものだ。
(まあ、モフモフ天国を守るための代価なら、引き受けるけれど)
「……グレイリーフって、もう呼ばないのかよ?」
「それは、私に呼ばれたいってこと? 私はアリーナの記憶はあるけれど、彼女じゃないよ?」
「……俺の名前を知っているなら、そう呼べ」
プイっと顔を逸らすグレイは、いつも通りでただ可愛いだけだ。
頭をひと撫でして、微笑んだ。
「それじゃあ、行くからしっかり捕まっていてよ。グレイリーフ」
「ああ」
白銀の盾を掴み、ロケット花火のように空へ向かって飛び立つ。
盾に残っているリソース全てを使い切ってでも、できるだけ早く戻る必要があった。
(エリオット……。泣いているだけならいいけれど、スレイに器を開け渡していたらどうしよう)
泣き虫で、いつ見ても震えているばかりだった。スレイと対峙するために、奮い立ったけれど私が戦線離脱したことで、心が折れてしまったかもしれない。
「アイリっ──!」
「ん? え」
どうやら杞憂だったらしい。ウサギ姿のエリオットが落ちて来るではないか。
「エリオット!!」
「アイリ! アイリだぁ!!」
速度を緩めつつ、ヒシっと互いに抱き合う。やっぱりモフモフは最高に癒される。
「お前、よく飛び出して来られたな。下手したら《厄災の獣》として、攻撃されていたかもしれないのに」
「グレイ。君も一緒でよかった。魔道図書館は常に一定の高度を保ちつつ移動しているから、吹き飛んだ魔導書の回収をしつつ、生き物として感知される程度の魔力量に分散してアイリを探していたんだ」
「……俺が思っていたよりもしっかりしている」
「エリオットっ!! すごい。さすが私の旦那様だわ。可愛い、すごい、偉い。モフモフ!!」
「アイリっ、アイリっ──」
いつになく寂しかったのだろう。
ぎゅうぎゅうに抱きつく。そんなエリオットが愛おしくて、たくさん撫でて、キスも唇や頭や頬とたくさんしてあげたら、ふにゃりと落ち着いた。
できるのならこのまま小一時間ほど、モフモフしたいところだが、決着をつけにいなかければならない。
遥か昔、中途半端な形で終わってしまった《星の勇者》と《厄災の獣》との決着を。
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