第14話 巡る戦いの舞台
「――っ、アイリ。ダメだ。もう取り込まれてしまった」
「でも!」
「ごめん。……ごめんなさい」
「エリオット?」
私を抱き寄せると、ギュッと抱きしめる。
人型になるとエリオットのほうが長身なので、いつもと逆だ。
人の姿は抵抗があるが、毎日朝目覚めると私を抱きしめているので、一年前よりも嫌だという感じは薄れてはいる。
それにエリオットだから。
人の姿になってもカタカタと震えているのが分かる。前髪で顔が見えないが泣きそうな顔をしているのだろう。そんなことが分かるようになってしまった。
人の姿であっても、エリオットは――エリオットだから。
漆黒の大剣に触れないように、
その隙にエリオットは私の顔を覗き込む。モフモフのほうがいいけれど、そんな状態ではない。
「アイリがお師匠様と同じように、スレイと戦う必要はない。スレイとは、僕が――決着をつける。……もっと早く、そうすればよかったんだ」
(ん?)
「おい! エリオット。そんなことをしたら、俺たちだって無事じゃすまないだろうが」
いつもなら怖いことに対して真っ先に泣いていたのに、今日のエリオットは泣いていない。泣きそうなのを堪えて、覚悟した目で私を見つめる。
ずっと泣き虫で、震えてばかりだったのに、その目は力強くなっている。これはこの一年で、エリオットの成長した証なのだろう。
「グレイ。僕は泣いてばかりで、頼りなくて、庇護対象かもしれないけれど、それだけじゃダメだって思う。守りたい場所と、大切な人ができたから、僕にできることをしないと何も守れない」
「それは良いことだと思うが、だがスレイは俺たち自身なんだぞ。師匠が──っ、命懸けでお前との接続を切り離したのに、また繋がったら今度は俺たちごと」
「そう──かもしれないし、そうならないかもしれない。僕は君とは対話ばかりで、スレイとちゃんと話してなかったから。一度は話を聞こうと思うんだ。あんまり期待はしてないけれど、でも、スレイも僕自身の一部ではあるから」
エリオットはいい子なのだ。
優しくて、甘い。グレイは知っているのだろう。それが通じない相手を。そしてそれがスレイだと言うこと。だから全力で止めようとする。
グレイはいつだって、エリオットを中心に考えていた。スレイを私にぶつけようと意図はよくわからないが、何か意味があったのだろう。
(まあ、グレイは隙がないように見えて実際は隙だらけ、穴だらけの結構抜けているところがあるからなぁ)
今回の件が終わったら、悪巧みは向いていないと話そう。
そうこう話をしている間に、黒い塊は人の姿に変わっていく。真っ白な髪、褐色の肌で姿はエリオットと瓜二つだ。
「――――お、お、お師匠!!!! お師匠の魂がある!! じゃあ! 殺し合いの続きができるんだね!!」
「チッ、相変わらず空気が読めない奴だ」
(エリオットの姿であのテンション……)
「僕、やっぱりスレイ、好きじゃない」
ムスッとするエリオットは珍しい。だからこそどれだけ嫌っているのかがなんとなく察してしまった。
(そりゃあ、向き合いたくないと思う気持ちが、なんとなくわかる……)
「お師匠とまた殺し合いができるなんて、殺し合いしている時はグレイもエリオットも出てこないから、独り占めできたんだ!! すっごく楽しくて、終わらせたくなくて、ずっと、ずっと戦いあって、殺し合って、私だけ見てほしい! 今度は、絶対に終わらせないんだ!」
(そっか。元はエリオットから生まれたから──根本はどこまでも無垢なまま。そしてこのスレイは、殺し合いこそが唯一の交流手段だった……)
私の前にエリオットが佇んで、スレイと向き合う。
失敗する可能性が高いと分かっていても、チャレンジすること応援すべきか。危ないことはさせないと、過保護ぶりを発揮するか。私の場合は前者を選ぶ。
「可能性は可能性だ。やってもみないうちに、選択を狭める必要はない」とか言ってエリオットの支持したかったんだが、状況はそれを許さなかった。
「!」
空から落雷のように降って来る槍に気付き、エリオットを突き飛ばす。
エリオットとグレイが気づいていなかったのは、属性だからだろうか。それとも彼らが《厄災の獣》だからだろうか。
ただ、私は気づいた──だけ。あとは勝手に体が動いてしまったのだ。
ドスッ、と衝撃が走った。
「え、あい……」
驚愕と困惑する表情が、モフモフの時と全く同じで、エリオットはエリオットなんだと苦笑する。
白い槍に胸を貫かれて、私は吹き飛んだ。
「おまっ」
「──アイリ!」
(これ──っ)
この槍は人間には効果がないのか、痛みなどはなかった。
ただその一撃の衝撃は凄まじいものだったようで、嵐のような突風を撒き散らし、魔導図書館の壁を砕き、私の体は木の葉のように舞って青空と雲へと放り出された。
この間、約0.1秒。
ステンドグラスの砕ける音。
壁が飴細工のように簡単に砕けて、いろんなものが外へと放り出される。
「!?」
「アイリっ!!」
(エリオット……!)
エリオットの手が私に伸びる。
その手を掴もうとするが──ゴッ、と何かが頭に直撃して私の意識はそこでブラックアウトした。
「──っ、アイリ!!」と、エリオットの悲鳴に似た声が聞こえた気がした。
***
アイリは意識を失ったまま魔導図書館から落ちてしまった。
僕はここから出られない。ここを出ないことこそが《厄災の獣》が生きられる領土だとお師匠様が言っていた。
(――っ、嫌だ。嫌だ、アイリを失いたくないっ)
両手で頭を抱えて、頭を整理しようとするがグチャグチャで、悲しくて、苦しくて、お師匠様が亡くなった時の記憶が脳裏に過る。
病気で。
僕を最後に撫でてくれた。
ぐい、と長い髪を引っ張られ僕は床に倒れ込む。
僕の髪を引っ張ったのも、その後、頭に足を乗せたのもスレイだった。相変わらず乱暴で、酷いことをする。
「――っ」
「いつまで泣いてばかりなんだよ。エリオットは変わらないなぁ。泣いてばかりで動けないで、それだけしかできないのなら、その器――私にちょうだいよ」
ゾッとするほど歪んだ笑みを浮かべて、スレイは形を解いて影が僕を襲う。
漆黒のドロドロした感情が僕を飲み込む。
嫌だ。気持ちが悪い。
(でも、もうアイリに会えないのなら――?)
このままスレイに飲まれて、流れるままに世界を滅ぼしても――。
それはお師匠様の意志をねじ曲げることになる。
ずっと泣いてばかりだった僕をアイリは見捨てなかった。
不安になったらギュッと抱きしめて、「好き」だって何度だって口にしてくれた。家族になってくれた――初めての人。
「アイリ」
僕が生きていても良いと言ってくれた二人目の人間。
僕を伴侶にしてくれた。
君が人間嫌いでよかった。
君は好き嫌いがハッキリしていて、嬉しかった。
僕はスレイと向き合って、決別しようと思ったのに――。
僕は何をやっても上手くいかない。
失敗ばかりで、誰かを不幸にしかしない。
アイリがいない世界なんて無理だ。
(アイリに会いたい。アイリの元に――)
僕は人の姿ではなく本来の姿に戻って、使ったことがなかったけれど羽根を使って飛び出す。僕は《厄災の獣》だったとしても、それ以前にアイリの夫になったんだ。
大好きな人のために。
(地上に落ちる前に、アイリを助けるんだ!)
泣き虫で、ずっと何も決められないで檻と鎖を理由にして逃げてきた。
それもこれで終わり。
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