第13話 365日の日常から非日常へ

『人間が嫌いだ。けれど一人で長く生きていくのは寂しい。どこかにモフモフがいないだろうか。──それが取っ掛かりで、始まり。私が■■を引き受けた段階で、あの未来は変わらなかったのかもしれない。……でも、叶うことなら』


 声に重たげな瞼を開けると、見目麗しいエリオットの姿があった。薄紅色の長い髪に、白い肌のイケメンのドアップに眉間に皺が生じる。

 私にとっては、ご褒美どころか最悪の目覚めだ。


(モフモフだったら。いい加減、人の姿に戻るのをなんとかしてほしい……。とは言え起きている間は人型でいるほうが少ないから、このぐらいは許容すべき……かな)


 これがエリオットでなかったら、問答無用でベッドから叩き落としている。

 私たちの使っているベッドはかなり広い。と言うのもエリオットの分身の十一匹のモフモフウサギさんが一緒にいるからだ。

 別々のお部屋を提案したら、震えて泣かれてしまった。難しい。


(それはそうと、もうすぐここにきて一年が経とうとしているなんて……あっという間だと思うべきか、ここまで長かったと言うべきか)



 ***



 一年かけて魔導図書館に利用者が増えたのだ。

 開館から三ヵ月は、人が押し寄せてしまい心が死ぬかと思った。利用規定をかなり厳選にしたおかげで、魔導書を悪用しようと考えていた魔術師は出入り禁止することはできた。


(私が人間嫌いなので、亜人あるいは、仮面を着けていることを条件にしてよかった!)


 ルールを守ってくれる人たちが訪れる度にホッとする。

 人と接することでエリオットはビクビクしていたが、一年ですっかり館長さんらしく堂々と──なってない。

 毎回私の背中に隠れるのは、可愛いからいいけれど、館長らしさは一向に育たないのが難点だ。


(すっごく可愛いけれど! うちの旦那が可愛すぎる!)


 最上階の歌劇場のような雰囲気は緋色の美しいカーテンと絨毯を残して、今はすっかり図書館らしく、右も左も本棚といった感じだ。


 中央にあったエリオットの檻は撤収して、受付用のテーブルカウンターが設置している。

 この部屋に扉は奥の私たちの生活部屋へと、お客がいろんな世界からやってきる特殊な扉のみだ。

 開店までまだ少し時間はある。


「エリオットが私の後ろに隠れるのは、利用者が怖いから?」

「アイリが僕以外を好きにならないか、見張っているだけ」

(そんな理由だったのか……もっと早く聞いておけばよかった)


 なんかどっと疲れてしまったが、ここで折れるわけにはいかない。私と同じ目線になるべく、エリオットは素早くテーブルカウンターの上に飛び乗った。


「アイリ、僕以外にモフモフする?」

「エリオット。私たちは伴侶で家族なのだから、心配する必要はないよ? モフモフは誰にも渡さないし」

「! ……えっと、じゃあ。チュウ、してほしい?」

「(脈略……。まあ、いっか)ふふっ、いくらでも!」


 どこで覚えたのか、うるうると泣きそうな顔でこっちを見ている。可愛い。やるではないか。

 お望み通り、キスをした後、エリオットのお腹を触ってモフモフを堪能する。


 最初は「僕からもキスをする」と両足をバタバタとさせて抵抗するが、すぐさま撫でられる心地よさに負けてフニャリとなってしまう。


「エリオット、この一年はどうだった?」

「アイリがいっぱいギュッとしてくれた」

「うん。季節感ゼロ」


 エリオットは耳をかきながら一生懸命考えて、言葉にしていく。

 可愛い。この一年でさらに可愛らしさが増したと思う。毛並みも以前よりツヤツヤだし、爪のお手入れも完璧。羽根は出し入れが自由なので、基本は背中に閉まっている。


「春は……僕の髪と同じ色の花が綺麗。夏は熱くてあんまり好きじゃないけれど、水遊びは面白かった。アイスクリームは好き! ……秋は果物や食材が豊富で、芋掘り大会はすごかった! ピクニックって言うお外で食べるのも新鮮で、楽しい。あと月を見ながらお餅を搗いて、食べるのも好き。冬は……アイリがいっぱいハグしてくれるからすごく好き! それとお風呂も。入浴剤はすごいね! あわあわが楽しい。毎月ある誕生日会も楽しい。それから、それから」

「うんうん。魔導図書館での仕事ぶりの感想が一つもないのは、ちょっと不安だけれど、でも一年を振り返って、楽しいことがいっぱいで私は嬉しいよ」


 モフモフを今日も堪能していると、背後からグレイがナイフを手に襲いかかる。

 シュタタタタ、と言う感じの素早さで肉薄するが、今の私は余裕で対処ができるようになった。


弾けルーベレ

「!」


 それだけでグレイの手にしていたナイフだけが弾かれる。そのナイフは危ないので「消失ディファピラス」と告げると空間から消え去った。


「ふん。……まあ、魔法操作は上達したな」

「また刺客ごっこ? 魔法の使い方は実践形式のほうが覚えるって言うけど、悪戯するグレイはモフモフの刑よ」

「刑じゃなくて、お前がしたいだけだろうが」

「悪い?」

「お前の欲求はブレないな」


 そう言うがグレイをあっさり捕獲する。

 これがここ半年のグレイの魔法講座の一環らしい。私の死角から攻撃する――もっとも、ナイフは刺すと引っ込むなんちゃってナイフなのだが。

 最近は本物のようにしか見えないので、毎回処理している。そんなことでリアリティにこだわらないで欲しい。先端恐怖症になったらどう責任をとってもらおうか。


(エリオットから魔力供給して貰ってばかりだと、私の体に負荷が掛かるからって魔法を使うようにするのは分かるけれど。なんで毎回、危機回避あるいは対応系の魔法ばかり習得させようとするんだろう。もっと日常生活に役立つものがいいのに)

「背中も撫でろ」

「はいはい」


 まあ、この何が分からない世界では、魔法の習得は大事だろう。

 グレイがそう思うのは分からなくはないが、今日も今日とて平和なのだ。グルーミングをしながら、グレイをめいいっぱい甘やかす。


 そう穏やかな日。

 いつもの日常がまた始まって、楽しいことが沢山ある。

 そう信じて、疑っていなかった。

 声にならない咆吼がするまでは――。


「―――――――――――――――」


 凄まじい地響きを立てて、空中にあるはずの魔導図書館が震度六強並の揺れに襲われた。ガタガタと本棚から分厚い本が落ちていく中、私は真っ先にエリオットたちを抱きしめる。

 背中に本がぶつかるが、構うものか。


「アイリ!」

「――――っ、チッ」


 私の腕の中にいたグレイが人の姿に戻って、力いっぱい私たちを振り払った。


 轟ッツ!

 次の瞬間、落雷が槍となってグレイの右腕と左足を切り裂いた。彼の体は粘土のような素材なのか、綺麗な切断面のまま床に転がった。

 血飛沫一つ上がらない。


「グレイ!」

「クソッ、使!」

(え!?)


 崩れ落ちたグレイは、穴が開いた天井を睨みつける。

 襲撃者に心当たりでもあるのだろうか。

 ふと白亜の小鳥が魔道図書館内に入ってきた。ピィ、ピィと鳴いて旋回したのち、グレイに言葉を投げかける。


『茶番とはイえ、君は◇◇*舞台を整えるとイった。縺?縺九i縺薙◎、魔王としての蠖ケ蜑イ繧呈棡縺溘☆縺溘a縺ォ繧、君ノ力を贄にする必要があった』

(茶番? 舞台、魔王、贄……? 愛らしい小鳥なのに、口調は機械音声っぽいし!)


 グレイが何かを企んでいたのか。

 あるいはこの小鳥が全ての元凶か。

 どう動くべきか、その逡巡のせいで反応が遅れてしまった。


「────────!」


 突き上げるような絶叫。

 床から黒い影のような何かが伸びて、グレイの片腕と片足を呑み込む。いや私の目には食べた──と言う風に見えた。


 黒い影のようなものは、グレイや私たちを襲うことなく、床に潜るかにようにして消えてしまった。


(な、なんだったの?)

「魔王の要素を経た。コ、ココココレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデコレデ鬲皮視縺ィ蜍◇◇⁑殺し合いの舞台ハ整った」

「──っ!」

(エリオット?)


 抱きしめていたエリオットの身体がビクンと跳ねた。カタカタと小刻みに震えて何かを怖がっているのだろうか。先ほどの影を見てから様子がおかしい。

 ぼん、とグレイは人型から灰色の子ウサギに姿を変えて、こちらに掛けてくる。


(あーーー、もう! 状況がサッパリだわ!)


 魔王。薄っぺらな勇者一行。

 ラストバトルの再現は、私がこの世界に来たときに一度見た。

 エリオットは《厄災の獣》だと言われているが、その名にふさわしい凶暴性はない。その部分はグレイが魔王として引き継いでいたとしても、なら――グレイの髪は黒に近い灰色なのか。

 ――。


「エリオット、アイツが部屋から出てくる。固まっている場合か!?」

「!」

?)


 ふと思い出すのは、転移したときに見た――

 あきらかに何かを封印している風な雰囲気があった。

 先ほどの影は地下から伸びていたとしたら――?


「ちょ、グレイ! 状況がサッパリなんだけど、これから魔王と勇者のラストバトルが始まりそうな展開だけど、どう言うこと!? もしかしてエリオットとは切り分けられた《厄災の獣》とかが開かずの扉的なのに封印していて、それが今まさに復活するとか、そんなんじゃないわよね!?」

「だいたい把握しているじゃないか! すげえな!」


 グレイはそう言って私の肩によじ登る。

 一番目いっちゃんから十一番目イレブンまでの点呼を取ろうと振り返った瞬間、床をぶち抜いて巨人が手にするような大剣が、一番目いっちゃんたちを襲う。


「きゅ」

「うにゅ」

一番目いっちゃん六番目ロック!」


 一番目いっちゃん六番目ロックは、漆黒の大剣に取り込まれて消えてしまう。飛び出そうとするが、エリオットが人の姿に戻り、私を抱きしめて止めた。

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