第16話 千年の勇者と魔王の幕引き
魔導図書館は半壊しつつも、高度を維持したまま移動していた。中庭はかろうじて残る程度で、最上階のステンドグラスは粉々で、本棚は幾つも倒れて、本もめちゃくちゃだ。
歌劇場の形は保っているが、廃墟あるいは魔王が蹂躙した跡地のよう。
いつの間にか黒い椅子に腰掛けながら、逃げ回る小鳥を撃ち落としているスレイ――魔王の姿が、目視できた。
小鳥も攻撃を展開するが火力差で、数がどんどん減っていく。
「滅びろ。お前たちが余計なことをしなければ、私は、お師匠の生まれ変わりと遊べたのに……」
「魔王!!」
轟ッツ!
爆煙と共に私は歌劇場に降り立ったと同時に、
玉座に座っていた魔王は、待ちわびたとばかりに高笑いを上げた。
「お師匠! ああああああ、今度こそ、今度こそ、今度こそ、今度こそ終わらない戦いを始めよう!」
「いいえ。この演目で終演だ。《星の勇者》の生まれ変わりと《厄災の獣》だったモノとの決着。何もかも中途半端に終わらせてしまったから、ここで終わらせる」
金属音が悲鳴を上げた。
剣戟は火花を散らし、剣筋が星に似た煌めきを帯びる。
「――固っ」
「あははは!」
十合、打ち合って競り負けるが、少しずつ体に叩き込まれた経験値が馴染む。
二十合で、反射と勘が鋭くなって、肉体の動きが経験値に追いつく。
五十合打ち合いの末、拮抗する。
「あははは! ああ、いい。すっごくいいよ! まるでお師匠と戦っているみたい! 戦いの時は私だけのお師匠でいてくれる! お師匠。ずっと、ずっとこうやって戦って、殺し合おうね!」
私の猛攻撃に
傍から見たらワルツを踊るように見えたかもしれない。
ぶつかり合う刃と刃。
(
既に伝説の十二の武器の半分は防御として
まるで武器の墓標だ。
槍に、双剣、片手剣、棍棒、斧、杖。残るは聖剣のみ。
キィン、と高鳴る金属音が不穏に聞こえた。
聖剣に亀裂が入る。
「私の勝ちだよ、お師匠! あははっは、でも大丈夫。死んでもまたすぐに動けるようにしてあげるから!」
拮抗が崩れ、私の心臓に刃が届く──はずだった。
「いいや。私たちの勝ちだ、魔王」
「な、なんで動かない!? この……鎖は、お師匠の得意とした……!」
「そう一度、アンタを封じたものだ。覚えていても対策してくれなくて助かったよ」
「――っ!」
白銀の鎖が
これも全部、《星の勇者》が準備していたものだ。
グレイリーフとスレイが画策しなければ、《星の勇者》の計画は完璧だっただろう。誰も死なずに《勇者》と《魔王》の役割を葬る方法があったのだから。
そして《厄災の獣》の解放も叶ったはずだったのだ。
私は聖剣を
「あーあー。負けちゃった。もっと戦いたかったなぁ。ねえ、お師匠。私は――戦うのが、大好きなんだ。すっごく楽しいの。戦っていると少しだけお師匠のことが……わかるような気がするんだ」
ズブリと突き立てた肉体はすぐさま泥となって崩れていく。それと同時に聖剣が黒ずんで魔剣のように禍々しい形に変わる。
「ああ、
『!』
魔剣は刀身が歪み、真っ黒な色合いで鞘はない。微かに震える魔剣は、器と魂の定着が完全ではないからだろう。
「完全に定着したら争いが絶えない世界にアンタを放逐する。この世界は平和だからね」
「いいのか、それで」
私の影に待避していたグレイリーフはひょっこりと姿を見せる。モフモフが可愛くて魔剣は玉座の椅子に置いて、モフモフのウサギ姿のグレイリーフを抱き上げた。
「それが
グレイリーフは「そう言うモノなのか?」と納得していない顔だ。
「《厄災の獣》であり《魔王》を倒したことで泥に変わった場所からは、取り込まれた
「……」
祝福と呪いを世界に広げるための画策だったが、モフモフという愛らしいウサギさんと厄災を未だ形にした魔剣があるのだ、バランスは取れているだろう。たぶん。
「……まあ、誰も犠牲にならず、そして《星の勇者》は伝説の武器を失い役割を下りる――ってあたりが、神々を欺いて成そうとしていた
「……アリーナ」
「お師匠様……。アイリ、アイリっ! 怪我は?」
私の影から飛び出したエリオットは人の姿になって私に飛びつく。
なぜそっちにした。できるのならモフモフで癒されたかったのだが、心配して涙目になっているのを見ると言葉に詰まる。
「はあ」とエリオットにもたれ掛かる。エリオットは私が甘えていると解釈したのか嬉しそうに頬を緩めて私を抱き上げてしまった。意外と力持ちなのだと少しだけ驚いたのは内緒だ。
その日、空に青い流星郡が降り注いだ。
それは世界の始まりにも、物語の終幕にも思えるような、とても綺麗な流星群だった。
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