第10話 厄災の獣エリオットの視点2

 その日も、アイリが寝室で眠ったのを確認して人の姿に戻った。日中は本来の姿でいることが多くなったとはいえ、こっちも自分の本体に変わりはない。


 僕の分身はそのまま広めのベッドで、アイリと一緒に眠っている。

 僕の魔力を分散させるために作った個性のある分身体。


 切り替わった理由はただ一つ。

 アイリをギュッとしたかったから。抱っこされるのは愛されている感じがして好きだ。でも僕からの愛情をアイリにあげたいから、今度は僕がアイリをギュッと抱きしめる。


(この姿だとアイリは華奢で、小さくて、柔らかい)


 起きているとこの姿は苦手なようだから、この時間だけ。

 アイリは僕がフワフワで柔らかくて、温かいって言っているけれど、この姿に戻って君を抱きしめたら同じ気持ちになる。


 温かくて、柔らかくて、胸がギュッとなる。たくさん抱きしめて、キスをするのが愛していると言う気持ちを形取るようで、とても気分がいい。


 僕はアイリが好き。

 僕は愛が何なのか、ちょっとわかってきたと思う。

 お師匠様を思う気持ちとは、ちょっと違う。一緒にいるだけじゃなくて、愛されたい、アイリの特別になりたいと思う。


 家族にはなった。

 夫婦としてアイリが受け入れてくれたのだ。


(あとは、お揃いの指輪とか贈ればいいんだっけ?)

「相変わらず呑気だな」


 嫌味を言うグレイは、黒に近い灰色のウサギ姿でひょっこりと姿を見せた。

 不機嫌そうな顔をしているが、気分が悪いのはこっちのほうだ。


「そっちこそ、……。扉の向こう側ごと一瞬で切り離すとか……、アイリに抱きつこうとして刃物で殺そうとするとか……。グレイはあくまでお師匠様の蘇生を貫く気? 神々の呪いで、封じられていたとしても?」

「そうだ。……俺は、師匠に会うためだけにたくさんの師匠の生まれ変わりを殺した。呪いだろうが、何だろうが今更止まるわけにはいかない。何を犠牲にしても……っ、とにかく俺は師匠と会うために死力を尽くす」


 グレイの意思は固いけれど、その言葉にしたことが全てではないような気がする。

 アイリを殺すと断言しなかったことだ。

 殺さずに、別の方法を見出そうと考えたのだろう。


「アイリは殺させないし、酷いことはさせない」

「ああ。お前はそれで良いんじゃないか。お前は──幸せだって、思えるんだから」

「グレイ……」


 僅かな沈黙のあとで、グレイは尋ねた。


「……ところで、?」

「ううん。できるだけより強固な結界を張って、アイリに合わせないようにするつもりだよ」

「まあ、結界を強固にするのなら、現状のままのほうがいいよな。あれは、戦闘狂の塊だし」

「……うん」

「スレイは、お前の一部ではあるが、クソ神々が付属させた悪であって、お前の本質とは違う。だからお前がスレイに対して、負い目を感じる必要はないからな」


 スレイはずっとお師匠様を呪って、憎んで、殺意まみれになっていった。

 そんな姿が見ていられなくて、お師匠様のことを悪く言うスレイはいまだに好きじゃない。だから部屋に閉じこもってくれているのなら、ずっとこのままでいてほしい。


(どうしてグレイはいつも正反対なことをするのだろう。本当は、君だってアイリのことが気に入っているくせに)


 グレイはアイリに抱きしめられている時や、傍にいるときは、とても楽しそうにしているのに君は気づいていないのだろうか。


 師匠を取り戻すと宣言しながらも、眠っているアイリの背中に寄り添う形で眠るのだから、自覚してしまえばいいのに。


 そう思いつつ、僕は僕で大好きなアイリを抱きしめて眠る。僕と魔力の繋がりがある手の甲に触れながら、魔力をちょっとずつ与えていく。そうやって僕の色で魔力が満ちたら、もっとアイリと距離は近くなるだろうか。


 最初は一緒にいてくれるだけで幸せだったのに、もっと、もっとと増えていく。

 欲張りになったと思う。でもきっとお師匠様なら、そう考えられるようになった僕を褒めてくれる気がした。

 昔は何もかもがよくわからなくて、対話もうまくできなかったから。


(今はいろんなことが出来るようになって、好きだと言う気持ちもわかってきた気がする)


 アイリにそっと抱きつくと、二人分の熱で温かさが増す。すすすっ、と身を寄せるアイリが可愛くて頬にキスをしたら身じろぎする。


 普段はキリリとしているのに、眠っている時は幼く見える。

 不思議だ。

 でもそんな一つ一つの仕草が可愛くて、愛おしくて、気持ちが溢れて胸がギュッと苦しくなるのも、愛なのかな。


 お師匠様とも、今まであった生まれ変わりとも違う。たった一つの宝物。

 僕もグレイと同じように、アイリを守ると決めた。お師匠様はとっても強かったけれど、アイリは魔法も使えないから、僕が守るんだ。


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