第9話 魔導図書館の復興にむけて

 数日後。

 第一回家族会議を開催してみた。


「魔導図書館を開放?」

「そう! 開館するの! 大魔道士お師匠様の手帳に書かれたように、この場所が閑散としていて魔王城っぽい感じから、そう認識されているらしいわ。だから魔導図書館として認知していくことで、エリオットの存在も怖いものではないと周知していくのが目的でもあるかな」

「そうしたら……危なくない?」

「うん。それに常に魔力が蓄積されやすいエリオットが貸出できる本を作り出す作業も増えて、消費も増えるでしょう」

「うん。いっぱい作れる!」

「借りる人も増えれば、出会いも増えるし」


 力説していたのだが、『出会い』と言うワードにエリオットを含め、ウサギさんの耳がピクピクと揺れて過剰反応を見せる。


「アイリは、僕以外と家族になる?」

「え、ならないよ」


 食い気味に答えると、エリオットは満足そうに耳を揺らした。なるほど、出会いをそう解釈したのかと納得する。

 出会いにも種類があることをこれから話していく必要がありそうだ。

 そんなこんなで、大魔道士お師匠様の手帳に書かれていた『やりたかったこと』を達成しようと話を持ちかけたことで、エリオットやグレイは賛成してくれた。


 エリオットが《厄災の獣》として覚醒しないためにも、魔道図書館の開館は必要なことだった。エリオットの無尽蔵の知識と魔力は、常に彼の内側に湧き上がる泉のようなものらしい。


(魔道図書館という叡智を司る建築物にエリオットを封じる形にして、新しい役割を追加した。大魔道士お師匠様は上書きすることで、覚醒の回避を図った)


 大魔道士お師匠様もまた人間と馬が合わなかったらしい。

 裏切られ、奪われた果てに《厄災の獣》と出会い、育てることを決意したことが容易に想像できた。


(こんなに可愛いんだからしょうがないよね)


 きっと生まれたては小さくて、今とはまた違った可愛さだったのだろう。今から開館のために動き回るエリオットたちの姿が可愛くて、可愛くてたまらない。


(やっぱりイケメンよりもモフモフ!)



 ***



 そんな私情まみれで始めた魔道図書館運営だが、これは思いの外やることも多かった。

 貸し出せる安全性のある魔導書が一つもなかったことから一から作り出し、魔道図書館開館案内のチラシをさまざまな世界にばら撒いた。


 次にエリオットたちに衣食住の生活の素晴らしさを説き、魔道図書館の中に庭園と畑を作り、自給自足の真似事をして、建物内もお風呂やトイレ、寝室などを増設した。


(あー、至福)


 動き回るウサギさんが可愛くてたまらない。

 渡した魔導具は付けている子から、エンブレムのように小さくして体に貼り付けている子とさまざまだ。


 不思議な絵本や専門書を生み出すのは、一番目いっちゃん四番目しぃーが得意で、料理に興味を持ったのは三番目みっちゃん十一番目イレブンの子だ。

 お昼寝が大好きな八番目ハッチ六番目ロックは、増設した中庭の木漏れ日の下で、スヤスヤ眠っている。


 部屋の増設から内装をするのは五番目ゴロウちゃん九番目キュウだ。

 探検が好きなのは七番目ナナで、本を読むのが好きなのは二番目にーに十番目十兵衞ちゃん

 お風呂大好きさんはエリオットとグレイだ。


 基本的にエリオット本体は私の傍にいることが多い。甘えん坊さんで、うたた寝したい時も頑張って起きようとしている仕草はとっても可愛い。

 ブリージングも大好きなようだ。最近はお風呂の心地よさにはまったらしく、露天風呂を作りたいと話していた。


(露天風呂も良いけれど、中庭の拡張が先かな)


 中庭を拡張したらガゼボも作って、お茶会をするのが夢だったのだ。

 毎日が賑やかで、新鮮で、眩しい。


「…………っ」


 こんな穏やかで、賑やかな世界があるとは思わなかった。今でも夢じゃないのかと思う時があるけれど、このモフモフと温もりは本物だ。


「アイリ……? どうしたの? どこか痛い?」

「(エリオットは、私の心の揺らぎに敏感だな。……別に戻りたいとは思ってないんだけれど)んー。何となくここが夢じゃないかって、確認したかっただけ」


 ブルリと、エリオットは震えてから何度も頷いた。


「僕も起きたらアイリがいなくなっていたら、どうしようって思うことがあるから、わかる!」

「きゅっ」

「うにゅ!」

「えっと、エリオットなんて?」

「アイリがいなくならないように、毎日僕たちで当番を作って見張りをしているの!」

「それは止めようか。通りでお昼寝する子たちがいるわけね」


 いなくならないと誓約書を書かされたのは誤算だったが、別段いなくなるつもりはない。むしろモフモフに囲まれて、今まさに私は幸せの絶頂である。

 私は王冠を乗せたエリオットを抱っこしたまま背中を撫でた。

 目を細めて気持ちよさそうに、へにゃりしているのがまた可愛い。


「エリオット。この魔道図書館と言うか、この世界に季節はあるの?」

「この図書館は浮遊して常に雲の流れに合わせて移動するから、巡る場所によっては季節を感じるかも?」

「そうなの。じゃあ、これから時計と同じ十二の月に沿って生活してみない? 私のいた世界では毎月何か行事があって、一年を存分に楽しみの」

「行事……? アイリはそんな元の世界に未練があるの?」

「ない」

「ないの……に、元の世界の行事を大事にしている?」


 くるりと向き合って私を見つめるエリオットは、不安と好奇心が入り混じった眼差しを向けてくる。心配しなくていいと伝えるべく、本心を口にする。


「元の世界で行事はたくさんあったけれど、一緒に楽しんでくれる相手が──残念ながらいなかったのよ。小さい頃は友達もいたんだけれど、両親の干渉がうるさくてね……。兄が死んでからは特に自由がなくて、楽しいことを周囲はしているのに、自分だけ制限されるなんて理不尽だと思わない?」


 世界が理不尽だと思ったことはなかった。

 季節は何度も巡ってくるくせに、私がその季節の行事やイベントで何かを得たことはない。


「……僕にはまだよくわからないけれど、みんな当たり前のようにあるものが僕にだけないのは……悲しい……かな」

「でしょう! だからこの世界では、心ゆくまで楽しいことをエリオットたちとたくさんすると決めたの」

「私情かよ……」

「悪い?」


 グレイは哲学者のような難題を抱えているような渋い顔をしているが、ただ可愛いだけだ。微妙に私と距離をとって離れている。けれど耳や蛇の尻尾が揺れているので、素直になれないだけのようだ。


 手を広げて「おいで」と言うと、ますます目を吊り上げて嫌そうな素振りを何度かしたのち、渋々折れてやると言った感じで腕の中に収まる。


(いろんな葛藤の末、本能(?)に抗えないところも可愛いなぁ)


 丁寧に撫でていると、理性(?)を取り戻したのか、グレイは腕の中で暴れる。しかし体格的にも今は私のほうが有利だと気づいたグレイは、ボンと音を立てて人の姿に戻った。


「!」


 当然、体格差的に私が支えられずに床に押し倒される形となる。

 近くで見るグレイの姿は、エリオットの人の姿とは異なるが、目鼻立ちが整った偉丈夫であることに間違いはない。

 芸術的な美しさを持ち、第二ボタンを外しているせいで鎖骨が見える。

 

「(近い……。息が掛かるほどの距離……)――っ」


「きゃ」となるようなシチュエーションだが、私の口から溢れたのは、「う゛わぁ」と酷い声だった。

 イケメンだろうと何だろうとトキメキはない。

 エリオットなら、ちょっとは可愛い(?)と思う──かもしれないけど、やっぱり人の姿だと抵抗が出る。


 触れられたくない。

 死にたくない──と思うのは、私とは別に魂の記憶から湧き上がる感情がグレイを拒絶しているのがわかった。


(人間が嫌い。人間の姿をしているものも嫌い。何度となく人間に裏切られ、疎まれ、この子たちにも何度も壊された人型なら……そうなるよな)

「これで形成逆転だ……ぞ」


 グレイの声が尻窄みになったのは、私の顔を見たからだろう。

 笑顔の消えた私に怖くなったのか、すでにちょっぴり涙目だ。傍にいたエリオットも私の顔を見たのだろう。かなり震えているではないか。


「……どいて」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


「……あ、はい」

「(人間の中には優しい人、温かい心を持った人がいるのだろう。ただ私の周りにはいなかっただけ。運命を捻じ曲げてその結果、ろくじゃない人生ばかりの果てが私ってわけね。高い対価を払ったと思うけれど、私はそれを覆すだけにモフモフに囲まれているから大満足なんだけれど! ……そうは言っても人型だと割り切れないんだろうな)ん?」


 グレイがあまりにもしょんぼりするので、抵抗はあったものの、脳内でモフモフ姿を思い出して、頭に触れた。

 悔しいぐらい髪がサラサラだったので、モミクシャに撫でる。

 グレイは俯いたままだったので、今の気持ちを素直に告げることにした。


「私は……人間が(人型の君たちが嫌い……って言いたくない)やっぱり苦手。イケメンだろうと何だろうと、抵抗があるけれど、グレイ自身が嫌いと言うわけじゃないから勘違いしないように」

「……あ、ああ。俺も……悪かった」


 ほんのちょっと悪戯をしようとしたら、ガチで怒ったからやり過ぎたと思ったのだろう。それともわざと怒られるようなことをして、叱られたかったのだろうか。


 そっちの趣味が──と言うよりは、今まで転生してきた私ではない誰かに対して、思うところがあったのかもしれない。

 あるいは罰を望んでいるのか。


「(正直、どうでもいい)反省しているのなら、私にモフモフを抱っこさせろ」

「……お前、いろいろ考えていただろう雰囲気からの結論が、それか」

「もーふーもーふ!」


 頑なな態度にグレイは、黒に近い灰色のネザーランドドワーフ似のウサギさんに戻った。耳がへにゃってなってて、可愛い。「おいで」と頭を撫でたら、「ゔうぅ」と唸りながらも腕の中に収まった。尻尾の蛇さんも可愛いので撫でて上げる。

 不服そうだが、可愛いのでもう何でもいい。


 エリオットがようやくフリーズから回復して、私の腕にぎゅうううと引っ付く。ブルブル震えているのも可愛い。今が最大のモテ期!

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